心臓の奥にあるというその形の無い部位

誰かに熱い目で見られてそれを心地よく思うとき、 そう私こそがあなたの運命の人ですよと思う。 それは別に私があなたの結婚相手ですよというわけではなく。 いやそうなのかもしれないけど、そうである必要もなく。 運命というのはつまり、 あなたが今まで誰…

あてがなければない手紙

外に出ると雪が舞っていて、いかにも冬という気がする、 今日は30日。なぜ外に出たのかと言えば、 年賀状を出したかったからだ。それもインドネシア宛の年賀状を。 宛名はもちろんSakuraである。Sakuraについては二つほど前の記事で書いた。 未だに毎日のよ…

ケーキの切れはし

パン屋さんでシュトレンを買った。初めて。シュトレンというのはクリスマスを祝う食べ物のひとつで、日持ちするフルーツケーキのことらしい。ケーキといっても、見た目はかなりパンである。洋酒やドライフルーツをふんだんに使っていて、ワンホールケーキく…

知らない店の知らないあなた

祝日。おいしいけどスカスカな気持ちになるハンバーガーショップに行ってしまった。何が悪いと言えばインテリアが中途半端に洒落ていたことくらい。インテリアってやっぱり大事というか、インテリアがいちばん大事なのなもしれない、自分は。 お店に行くと自…

軽すぎる布団は寝苦しい

布団の端々まで寒い。毛布と羽布団とただの布団、3枚くらい重ねているのに、軽くて心許ない。そういえば以前、不眠症の友人が冬は布団の重さが心地いいからよく眠れるのだと言っていた。実家でつかっていたものは重かったし、布地の桃色がいかにもカビ臭い桃…

Sakuraのこと

会ったことのない人の話ばかりするようになって、しばらく経つ。こういうことは本人ばかりが楽しくて、内輪の外側にいる人に話し回って喜ばれるようなものじゃないなと思う。でも、会ったことのない友人が海の外で今このときも生活していることがなんだか無…

ひとりがけのソファ

今日、行ったことのないスタバに行った、という書き出しを考えて、そういえば前回の日記もそんな日に書いたということを思い出す。なぜスタバに行くと日記を書きたくなるのだろう。初めて行くスタバはスタバらしく見たことのない食べ物と飲み物がたくさん並…

行ったことのないスタバ

行ったことのないスタバに行ってみようと思って車に乗った。スタバというのは田舎にあっても自動ドアをくぐったあとはオシャレなものである。塗装の剥げたダイソーとブックオフのことを一瞬にして置き去りにするオシャレ速度。あと、店員さんがスタバの店員…

バージョン

機織りの工房に通っていたら冬が終わった。明日からまた冷え込むらしいけど、マフラーを織り終えた日はちょうど春一番が吹いていた。今マフラーは私の部屋でハンガーにかかり、静止している。 一本の糸が、木と針金で押し込まれるだけで布になる様子は、ちょ…

わるだくみ

家でぐったりとしていたら、母がピカピカの黄色い封筒を「届いていたよ」と差し出してきた。開封したら、年上の友人からの年賀状と、インド産の紅茶のティーバッグがひとつ入っていた。この人は、連絡をとるときいつもちょっとした仕掛けを用意するおもしろ…

凍える庭

好きな人の姿をじっと見続けてしまうときの気分は、動物を見ているときよりも、雪の降る庭を眺めているときに似ている。私もそれなりにルッキズムに翻弄されて生きてきたから、もういい加減そういった既存の差別意識に取り込まれたくないという気分があるの…

パンを買いに

近所のパン屋さんに行くために早起きをした。毎週月曜日は休日で、よく行っていたパン屋だった。秋になって閉店時間が早まって以来、行けていなかった。早まる前も、行くたびに「もうこれしか残ってないんですけど」と申し訳なさそうにされた。休日は目が覚…

喜んだふり、傷ついたふり

この前お店で、「あんたいくつになったの?」「40です」「まだまだガキね」という会話を聞いた。なんてチャーミングなんだと思った。こう言えばこう返って来るだろう、という想定を覆される会話ができることなんて、人生で数えられるくらいしかない。でも喫…

霧のなか

「このあたりは霧の日の眺めも良さそうですね」なんて話しながらお店の片づけをしていたら、帰る頃には山の稜線をくっきりとした霧が覆っていた。写真が撮りたい、と思う時はいつも車のハンドルを握っている。撮れない。写真を撮るとき、もっとゆっくりとし…

血が足りている・いない

なんとなく血が足りないなと思いながら生活している。物理的にそうというよりは、感覚的に。たとえば自分のSNSを見ていてつまらないなあと思うことが増えた。SNSを見ているのは時間の無駄と言うけれど、SNSを見て時間を無駄にするのが私はわりと好きだし、何…

言わされちゃってる

「カレーを知れば健康も手に入る!!」と、取り寄せた本の帯に大きく書かれている。強気でいいなと思う。宣伝文句ってだいたい、「言わされちゃったね」としらけてしまうのだけど、自分の体調のせいか、書いた人のパワーによるものなのか、なんらかの強い思想…

逆死神

山奥に住んでいるけれど、最近はもう調味料を吸いこんでむせてるだけで家族から悲鳴があがる。東京の街中は今、どんな感じなんだろうか。東京の街中というのはつまり、渋谷駅前スクランブル交差点のことではなくて、中央線沿いのすきな喫茶店とか、通ってい…

焼きそばとプリン

UFOって食べたことないな と思ってスーパーでかごに入れる。亡くなった祖母の得意料理が焼きそばだったので、焼きそばといえば手作り料理だった。だから「焼きそばの湯切りで失敗する」というカップ焼きそばあるある にいつもついていけなかった。のだけど、…

まぶたのうら

3月9日を聴くと中学校の体育館を思い出す。イントロで醸し出される切なさにすこし疲れるくらいには、【3年生を送る会】で何度も歌わされてきた。でも、ラジオでふいに流れるといい歌詞だなぁと思う。過去だからといってやさしいばかりの記憶じゃない。それで…

風邪と正しさから隠れて暮らす

コロナウイルスも流行っているし、今いちばんクリーンで信用できるのはひきこもりの人間なんじゃないかって思う。暇な夜。雨が雪になったり雪が雨になったりする、冬と春の境目の、山の奥深くにいる。明日は雪が降るから、車に乗っちゃいけないと言われた。…

味がする

スパイスカレーの教室に行った。マスタードシード、クローブ、シナモン、フェンネル。いろんなスパイスの入った料理を食べていると、風味の情報が多すぎて頭がぐちゃぐちゃになって口の中も温まって、そのままの勢いで健康的になれそうな気になる。飲食がも…

あたたかい暗がり

べつに働くのはぜんぜん好きじゃないけど、ゴミみたいな粉雪と、冬の日のつめたい空気を頬に受けながら猫背で歩く朝のことは悪くないなと思った。予定がないと午前中に起きて外になんか出ないし。朝の山、きれい。仕事に向かう道の落ち着いた、つまらない頭…

感謝なんかしない

家族が帰ってきた声がして、聴いていた音楽を消す。カネコアヤノの『燦々』ってアルバムの曲を流しながら、タマネギを炒めていた。バイトが終わって、(というかフェードアウトして)頭の中を流れていたうるさい言葉が消えた。嫌いな人に会わないと何も考え…

バラエティ

昨年の秋頃に大学の先輩からもらった青い刺繍の靴下、うっかりたくさん履いてしまって、すこしくたびれてきた。うっかり と書いたのには訳があって、綺麗な靴下だからすぐ履きつぶさないように大事に履こうと思っていたのだ。でも私は服でもなんでも青色が好…

会っているけど会ってない人

年末年始、お寿司を握ってパックに詰める短期バイトを始めた。お正月がなくなっちゃうのをすこし残念に思ったけど、カラフルなお寿司を大量につくっている時間はずっと祭りをやっているみたいで、これはこれで思い出になりそう。高校生に高校生だと思われて…

あたたかい果物

自分が気に入って買ったものがほとんどない部屋で寝たり起きたりしているの、なんだか無防備すぎてメチャクチャになりそう。メチャクチャになりそうなのは決まって気分が落ち込んでいるときで、調子がいいときはそんなこと思わないのだから、調子がよくない…

あなたのつまらなさにいつも傷ついていた

マグカップ、忘れるところだった! と言って、職場に置いてるムーミンのマグカップを見ていた人が、翌日ちゃんとそのマグカップを忘れていった。それを片づけの日に預かって、バイトが終わって、ちょっと日を置いてからその人に連絡して、お茶をしにいった。…

自由の適用範囲

右折して、目の前に下がり途中の太陽がやってくる。フロントガラスがすこしのあいだ白んで、また透きとおる。まぶしさのなか、からだのすぐ脇を大きなトラックが通り過ぎて行くから、胸元がスカスカする。肩のあたりで固まっている力を流す。私は息をつくこ…

疲れてるおかげ

バイトが終わって、バイト中はできなかったことをやって自分を自分に戻している。それはつまり、すこし厄介な本を読んだり、深夜ラジオを聞いたり、カロリーの高い映像作品を見てみたり、といったことなんだけど、まだまだ自分に届くには時間がかかるみたい…

欠けない

自分のことを相づちを打つ機械にできるから、接客で人と関わるのは好きだ。いらっしゃいませ。店内のご利用ですか? お席までお持ちしますよ。ミルクはご入用ですか? 自分の話をせずに、こだわりを押しつけずに、ただ人のしてほしそうなことをして、言って…