バージョン

機織りの工房に通っていたら冬が終わった。明日からまた冷え込むらしいけど、マフラーを織り終えた日はちょうど春一番が吹いていた。今マフラーは私の部屋でハンガーにかかり、静止している。

一本の糸が、木と針金で押し込まれるだけで布になる様子は、ちょうど鉛筆で引いた線が重なって面になるのを眺めているようで、それだけで劇的だった。グランドピアノを分解して組み立てるのが趣味という芸能人がいたけれど、学ぶことはいつも、そんな感じ。既に形をとっているものをバラバラにして、その通りに作り直す。自分の目や手を通して、筋肉痛になりながら知っていくことはひとつたりとも忘れたくない。それを感動という言葉に置き換えると大げさに聞こえるかもしれない。でも忘れたくないことなんて、生きていてそんなにたくさんはないのだから、覚えていたいと思えるだけで、それは心が動いたということなんじゃないだろうか。私は忘れたくないことが増えるのがすき。