心臓の奥にあるというその形の無い部位

誰かに熱い目で見られてそれを心地よく思うとき、 そう私こそがあなたの運命の人ですよと思う。 それは別に私があなたの結婚相手ですよというわけではなく。 いやそうなのかもしれないけど、そうである必要もなく。 運命というのはつまり、 あなたが今まで誰にも触れられたことのないような、 心臓の奥にあるというその形の無い部位に私はきっと触れられるという胸騒ぎにも似た期待のことなんじゃぁないか。

 

消えないままの傷を癒してあげたいか、 一生消えない傷をつけてやりたいのかでその人の創作意識の核心に触れることができるという。だとしたら、 私はそのどちらなのだろうかと時折立ち止まって考え込んでしまう。 何も創作のことだけではなく。 必要にかられて他者の人生をジャッジするとき、 自分の加害者性を思い知らされるとき、 私は私のことを憎みそうになる。 別にそれでいいよと言ってくれる人もいる。そう言ってくれる人たちと冷たい水をかけあい笑う。そうして私は私の残酷性を少しずつ損なうことに成功し、 なんとか平凡として生きてきたわけだけど。

 

そういえば、転職した。毎日お金をもらって勉強できてうれしい。 前職のこともたまに思い出す。色々と苦い思いもしたのに、 ふとしたときに思い出すのは楽しい食事の映像ばかりで、 こうやって私の人生はどんどん綺麗な思い出になっていっちゃうのかしらと途方に暮れる。どうあってもなんとなく毎日幸せで、 眠れる限り不幸になれない。今のところ仕事に不満もないし。

誰のことも呪えなくて不自由だ。一生消えない傷に、 私の言葉で触れてあげたい。痛くしたらごめん。 自分の気持ちをまだ、こんな風にしか信じられない