覚えている

連休中は祖母の3回忌があり、実家に帰省した。前日、末の弟がピアノを教えてほしいとせがむので、途中まで読みを書いてあるジムノペディの楽譜を渡して、ピアノで遊んでいた。そういえば今までも何度か頼まれて、その度冴えない返事をしてうやむやにしていた。教えられるほど、ピアノを知っているか不安だったのだ。楽譜は昨年の夏休みに買ったものだ。まだ弾けない。しかしバイエルは捨ててしまっていた。電子ピアノの鍵盤を撫でて、基準となるドの話やト音記号ヘ音記号の話、シャープの効果など、ごく基本的なことを話した。ピアノを習っていたのはもう十五年も前のことなので、自分がすらすらとそういった情報を口にするのを不思議に思った。

身体で覚えたことを、覚えていることをいつも不思議に思う。言葉で思い出せないことはすこし信用できない。弟は今年大学生になったのだが、今でもギターでの作曲をつづけているらしく、楽譜の読み方がわかってうれしいと喜んでいた。ピアノとギターの違いも教えてくれたのだが、私はあんまりよくわからなかった。まあこいつが楽しいならいいかと思って流して聞いていたのだが、ふと「姉ちゃん、最近絵を描いてる?」と聞かれた。本ばかり読んでるよ、と言ったら、絵も描いた方がいいよ、と言われた。てらいなく言うので、そうかもしれないなあ、と思った。

乳白色のはだか

明け方の5時、寝つけなくてゴロゴロしていたら、フランスにいる先輩からセーヌ川の写真が送られてきた。美術館の絵で見たことがある景色のような気がするなあと思った。「フランス人がフランスパンをむきだしで持ち歩いてるところを目撃したら、私に教えてくださいね」と返信した。

今年の夏は暑すぎて、せっかく時間があるのに美術館にめっきり行ってなかった。ちょうど独りに煮詰まってしまったと思っていたので、今日はどこかに行くことにした。展示情報を見てみたけど「これだけは行かなくちゃ」って直感的に思えるものがどうも都内にはない。東京都美術館の展示室が個人的に好きだからという理由で、藤田嗣治展に行くことにした。夕方に歩く上野は、多少落ちついていた。藤田嗣治は裸婦画が有名だと聞いていたから、「男が描いた裸の女の絵なんかにぜったいぜったい感動しねえぞ」と喧嘩腰で行ったのだけど、乳白色の下地で描かれた裸婦画のゾーンには神々しさすら感ぜられる 光、のようなものがあふれ返っていて、これを美術と呼ばずしてなんて説明すればいいのか、とわけがわからなくなってしまった。くやしいけど、圧倒的な何かに価値観を打ちのめされる嬉しさというものがある。私はそれを感動だと思っている。

そもそもなぜ裸婦画に嫌悪感があったのかと言えば、人間の裸を見たくない というきもちが、どうも人より過分にあるからだと思う。その理由は色々とあるのだけれど、性を感じることが私にとっては恐怖なのだ。裸というものを性愛と切り離して描いている作家がこの世にどれだけいるだろうか。私は画家の描く女体を見ると、いつも「女として俺たちを魅了してみせろ」と迫られているような気がしてウンザリするのである。巨匠の展示に行くとほぼ必ずある裸婦のコーナーを、女性はどんな気持ちで見ているんだろう。なあ、どう思ってるんだ?

と、いうことを踏まえても、今日見た絵はなんだか素晴らしいものだった。絵を描く人の冷静と情熱が好きだ。私を悩ませてくれて、どうもありがとう。

同盟サイト/やわらかい椅子

台風なのにコロッケを買うのまた忘れちゃった。台風の日にコロッケを買う文化を知ったの、私は最近なんだけど、みんなやったことあるのかな。小学5年生くらいからパソコンで遊んでるけど、知らない慣習が多くてびっくりする。インターネットの匿名性がもっと高くて、掲示板とかそういうのが今よりずっとずっと活発だった頃、パソコンってもっと、どこにつながってるのかわからないドアを開ける装置みたいな特別感があった。基本的にみんな用心深くて、臆病で、丁寧だった。好きな少女マンガの同盟サイト(なんてなつかしいことばだ!)で知り合った年上の女の子とペンフレンドになって、親に怒られたりして。いや、ほら、親はテレビのニュースでしかインターネットを判断しないからね。まあ何を言われてもやりたいことはやめないんだけど、そんなちょっとした反抗も含めて、あの頃たのしかったな。その人とは、結局10年間文通していた。連絡をとらない期間が間に1・2年あったりしたんだけど、10年して、東京で初めて会ってお茶を飲んだときに、ああ、こんな風に人と出会うこともできるんだってことがシンプルにうれしかった。

田舎だったから、小学校は1学年1クラスしかなくて、それも24人しかいなかった。あからさまないじめを受けたことがないかわりに、誰からも好かれていなかったし誰かに特別な興味を持ったこともなかった。毎日ぼんやりとしていて、混ぜてもらった交換日記はいつも自分の番でとめちゃうし、休み時間にドッチボールに誘われても、それを断ってパソコン用のやわらかい椅子に座ってくるくるするのが好きだった。そういえば、それに気づいて私とあの椅子をとりあってくれた女の子がいたんだけど、あの子元気かなあ。高校生になるまで自分から人に声をかけたことがなくて、相づちしか打てなかったから、あのときの私が文字によるコミュニケーションに目覚めたのは本当に必然的だった。今、身の回りにいる人たちとその子たちを会わせても、きっと友達にはなれないだろうけど、それくらい何かが違うんだけれど、あの頃、もっと自分から人に何かを質問してみればよかった、と思うことがある。時機という、目に見えなくてあまりにもくっきりと私達の間に腰をかけているものが、それをさせてはくれないけれど。

後悔というのは長く生きた人間の嗜好品なのかもしれない。この先、変わっていけばいくほど、「あのとき今の自分であの人に出会えていたら」と思うことがきっとたくさんあるんだろう。そういうことを支えにして、こうしてたましいの痛む部分を確かめている自分を、そんなに悪くない、と思いたい。

好きな人をこの手で守れたら

ハイビスカスティーをいれている。すっぱくて、いいにおい。台風の夜にうってつけという気がする。これは誕生日プレゼントに、ってこの前会ったひとがくれたものなのだけど、誕生日プレゼントにハイビスカスティーをくれるって、なに? そんな素敵なこと、私だったら思いつかないよ。うれしいな。

今日でまたひとつ歳をとった。風が強いからどこにも行きたくなく、昨日郵便受けに届いていた手紙を読んで泣いたり、高田梢枝の『秘密基地』という曲を聴いて泣いたりしていた。誕生日はクリスマスと同じくらい、何か思いがけないことがあったらいいな、と期待してしまうので苦手だ。抽選のたこ焼き機が当たるとか、足の指の爪を切ったら小人になるとか。まあそんなことはなかった。いや、そんな誕生日って違うか。そもそも、お祝いされるってことに慣れていなくて、誕生日っていつもどういう感じで迎えればいいのかわからないんだ。考えてもみてほしい。8月24日、というのは小学校から大学までまるっと「夏休み」の日だ。それも夏休み終わりかけの。みーんな、買いっぱなしの手持ち花火を消化したり、宿題を消化したりしている。社会人になってからも夏休みがある私なんかは、何か約束でもしないかぎり、当日に家族以外の人と会うってことがない。だから基本的に誕生日はひとりで過ごす。わざわざ会うのって、なんか恥ずかしいし。

働かないと、生きていることがとてもゆっくりとしていて困ってしまう。

昨年の秋頃に、大学の同期を自殺で亡くした。あれから大分時間が経ったというのに、今でも、あれはいったい、私にとってどういう出来事だったのか、ということをたまに考えてしまう。彼とはそこまで親しい間柄というわけでもなかったのだけれど、かわした会話を途切れ途切れに思い出すことがある。立ち居振る舞いが凛として、とても目立つ人で、いつも、次はどんなことをするんだろう、と周りから注目されていた。もう、そんな噂をする機会もない。彼の近くにいた人たちが、「もっと自分にも何かできたのではないか」と言うのを直後、さまざまな場所で聞いた。そうだったのだろうか。そんなことは、ないのではないだろうか。そして、あなたは、大丈夫なのだろうか。

あれから、SNSで「死にたい」と呟く人を見かけることがなくなった。私達は大丈夫になったんだろうか。生きていることは善だろうか。死ぬことは悪だろうか。わからない。私にひとつ何か言えることがあるとしたら、生きるってことは答えを出さないってことなんだと思う。生きてさえいれば、答えじゃなくていい。ぜんぜん綺麗じゃない絡まった糸のようになって、ここで寝ていてもいい。だからもうすこし、答えのでないことをいっしょに考えよう。つまらなかった映画の感想を聞かせてほしい。聞いたことのない名前のお茶を飲みに行きたい。あなたが抱えている問題の、その話し相手に、たまに私を選んでくれたら、とてもうれしい。

すこしの庭

ハヤシライスと味噌汁以外のものをつくろうと思って、カレーをつくった。なんでまちがえてしまうんだ。

冷蔵庫の野菜室に、今、トマトと茄子とピーマンとキュウリが入っている。先日、母が泊まりにきたときに、庭で採れた夏野菜を持ってきてくれたのだ。この調子ならピーマン以外は無駄にせずに済むかもしれない。(ピーマンは食べ方がよくわからない。)食材はいつの間にか腐ってしまうから、冷蔵庫には基本的に2日以内に消費できるもの・メニューが浮かんだものだけを、ちょっとずつ入れることにしている。だから最近は、すこしそわそわしてしまった。

そういえば、しれっと書いたけど、あれから冷蔵庫をなんとかして捨てて、手に入れた。冷蔵庫がないときは「あったとしても大したものはつくらない」と思っていたのだけど、冷蔵庫があるときは「冷蔵庫があるからなにかつくろう」と思うのだから不思議なものだ。私が生活のいろんなことを先送りにするのは、緩慢な自傷のようで、我ながらあんまり心配させるなと思う。それでも生活に付随するいろんなことが、たまにどうしようもなく面倒くさい。面倒くさがることを、私は私に許す。

生きていくために、こころにすこしの庭がほしい。庭というのを、たとえば詩と言い換えてもいい。街がこんなに広いから、私には庭が必要なのだ。実家の、固い土の乗った庭のことを思い出す。キュウリや茄子のカーテン。ブルーベリーの木。ふくらはぎに擦れる、背の高い雑草の感触。そこではいつも夕方で、ミンミンゼミではなくヒグラシの声がする。もう、夏休みを終わりにしなくては。

夢日記

前職でかじっていた活版印刷を、仕事としてもう少し続けたいという気持ちがあって、この1ヶ月あがいてみたけれど、どうもそれは難しいということがわかった。とにかく求人がない。あっても遠い。おまけに言うと給料が低い。違う職種にあれこれと応募して、それでも諦めきれなくてぼんやりしていた。今日は区切りをつけるためにと、勉強がてら、活字の鋳造体験に行ってきた。立ってるだけで死にそうだったよ。活字は400℃の熱でつくるものだから、会場はクーラーなし。麦茶あり。燃え盛る炎も、できたての活字もきれいで、くらくらした。

古くからある活字や印刷機、また鋳造機そのものが好きだ。職人さんたちは「ただの鉛の塊だよ」と言うけれど、そんなことはない。この無骨さがたまらない。うつくしい、と思う。張り巡らされた導線や部品のひとつひとつの存在理由を知るたびに、知らない動物に出会ったときのようにわくわくする。

ただ、物自体も好きなのだけど、職人さんという存在、そのものにも惹かれていたということに、今になって気づいた。「物はあくまで物であり、手仕事は産業にすぎない」という冷静な姿勢と、そこに見え隠れする圧倒的な技術とプライドのようなものが、とてもかっこいいと思う。それはきっと、生涯をかけてたくさんの仕事をこなしてきたからこそ出てくる味わいなのだ。

私はおそらく、そこにあこがれていたのだ。ずっと、何にひっかかっていたのかわからなかった。仕事というものを考えたときに、職人というありかたは非常に魅力的に思える。だが、この時代に、今いる熟練の職人さんたちと同じような形で、一から活版印刷に関わることはできないだろう。活版印刷は技師ひとりでは成り立たない。印刷をする人以外にも、活字をつくる人、その機械をつくる人、仕組みを理解してうまく利用する人がいなければ。そしてもう、そういった連携は着々と滅んでしまっているという。以前、著名な技師さんの工房にお邪魔した際に相談したところ、仕事にしたいなら、やりようはあると言われた。平日は違う仕事をして、休日だけ名刺を受けるなど。また、3Dプリンターを駆使した活字の製造も進んでいるらしい。でも、それは違う。私が、今それをやるのは、きっと違う。なぜだろう。そう考えてわかった。私は過ぎた時代にあこがれていたのだ。

さて、何か結論を出そうと思って、この日記を書き始めたのだけど、ここから先がどうにも書けない。今日は、すこし目がさめた気がしただけだ。明日になればまた忘れてしまうかもしれない。二度寝してしまうかも。私は何事も答えを出すのを保留しすぎる。でも、それでいいか。目がさめることで見られる、新しい夢もあるだろう。

 

夏休みが終わらない

8時に目がさめて、「まだ寝ていてもいい」と気づく。そんな生活に、ようやくすこし慣れ始める。私は二度寝って大好きだ。もう誰のことも怒らなくていいのだと安心するには、まだ数々の手続きが終わっておらず、時間があればなんでもできると割り切るには、今までの生活に未練がある。今日、オレンジの夕焼けを見た。おおきな雲がクリームみたいだ。既視感がある。そういえば、大学を卒業してもう4年も経つのに、夏に働いていたという記憶がない。前の職場は大学で、夏休みがあったから。あとの2回は、まあ予想外の夏期休暇だ。そんな人生もある。

明日の面接の用意をするためにパソコンを開く。あまり気乗りしない。いつも会場に向かうときは「もっと何かを好きになりたい」という期待をこめて行くのだけど、どうにもこうにも、本気になりきれないままでいる。私でなければならない仕事など、この世にはない以上、この職場でないと嫌だと、私自身が思えるようにならなくては、虚しいではないか。それとも、それすら欲深いことなのかな。我慢できる人の考えることは、私にはよくわからない。仕事や職場が好きだということは、毎日の半分を好きでいられるということだ。少なくとも、前の職場では、人間関係がうまくいかなくても、仕事内容を好きだということで随分と救われた。もちろん、私はうっかりした人間だから、楽しいことばかりではなかったけれど。それでもたしかに、販売や制作が好きだったと言える。

好きになるということは、とてもふしぎだね。そういえば、この前、趣味を聞かれて詰まった時に「趣味は読書じゃないんですか?」と聞かれて、困ってしまった。読書は、私の生活に当たり前にあるもので、なんだかもう好きでやっているのか、無理して続けているのか、よくわからないんだ。でも、それが私の好きという感情なのかもしれないな。そうやって私は、なんだかんだで、多くの時間を本と一緒に過ごすことを選んでいくのかもしれない。何かをずっと好きでいることは、とても難しいから。