気晴らし

美容院に行った帰りに、公園のベンチでメロンパンを食べていた。ぼーっと池をながめていたら、ふいに隣りに誰か座った。白いパーカーを着た男性だった。やけに香ばしい匂いがするなと思い横目に見たら、ピザを1枚食べている。箱ごと、ひざの上に広げて。思わず話しかけそうになった。やめた。公園でピザ。負けた。

とりあえず立って美術館に行こうと思ったら、見ようと思っていた展示は会期前でやっていない。やさぐれて、渋谷から目黒まで歩いて表参道をふらついてまた渋谷に戻った。3時間くらい迷子になってたのしかった。今日は満月だ。今さら天体について書いてもどうしようもない気がする。しかし困ったことに今年いちばん綺麗な光りかたをしている。

眠気

かなしみが抜けていかないので、遅出にも関わらずスーパーに行き煮物をつくった。料理をするのは好きでも嫌いでもないけど、淡々と野菜を切ってじゃんじゃん鍋で煮こむのは気晴らしになっていい。食べれるしね。なぐさめてほしいわけじゃないのに、ふとした拍子に人と目があっても、景気のいい言葉が出てこなくって弱るんだわ。帰り道がやけに遠いし、明日はどんな自分になってるのか思いつかないけど、まあ、秋だしさあ。かなしいんじゃなくってさむいだけなのかもしれないから、歩いてる途中でふいに立ち止まりそうになっても、泣いたりするのはとりあえず、ごはん食べて、お湯につかってからでいいんじゃないだろうかと思うのね。

部屋につき、同期が夏の終わりに突然くれたあみあみの靴下をはく。おばあちゃんがつくってくれたって言ってたっけ。クリーム色と水色と、ちょっと深い赤色が交差する、洒落た色合いをしている。しみじみと、いい靴下だと思う。知らないおばあちゃんの力を借りてあったかくなる。あったかいっていいことだあ。

最近はじめた俳句を推敲しようとしても、眠気がする。ノートを見ている視界がせまい。早く前髪を切らなくっちゃ。

タコ

指先でつめたい空気をさわって帰る夜道は、「もう秋です」って断言しているね。こごえそうでこごえない、寒さがここちよくって両手が泳ぐ。深夜の道路。

ふいに、末の弟が、告別式に向かうマイクロバスのなかで、「さわってみて」って差し出した左手の指先のタコの感触を思い出す。部活でギターを弾きすぎてできたタコ
「さいしょずるずるに皮がむけて、気づいたらここだけ硬くなったんだよ」
「進化したんだ」
「そう」

ギターを弾いて、歌って、今じゃ作曲もしているらしい、彼は工学部に行くって言っているけど、親戚に進路のことを聞かれたあとにつまらなそうな顔をしている、おまえがほんとうは嘘をついてるんじゃないかって、わたしは思うんだよ。親戚はみんな好きでもない仕事をしていて、「このまま好きなことだけやってちゃいけないのかな」って不安そうにしている彼に「とりあえず一曲つくってうたってみなよ」と言ったら「そうだね」と言われた。弟が真実どう思ったかは知らないけど、そう言い返せる自分でよかったと思った。みんな安定した仕事して、夢なんかもう見なくて、立派で、腰抜けだよ。わたしはさ、あるかどうかわからない10年先の未来がどんなに明るくっても、朝目がさめて、指先がつるつるになってることに気づいたら死にたいくらいしんどくなっちゃうだろう、おまえの2年後が気がかりだよ。

見たくないなあ。もう聞きたくないなあ。「才能がない」とか「好きなことは趣味でいい」とか。嫌われる勇気もないくせに夢を見ているふりをしているやつの戯れ言だよ。そのくせすべてが悪意ってわけじゃないから厄介だ。ああもう、日記書いて寝よう。死ぬ程本を読んでやろう。



生活のすべてが急に苦しいほど好きになって夜道を歩く。もうなんか、歌いたいくらい。何もかもうまくなんかいってないけど、今ならあらゆるすべてに優しくいれそう。こんなの全部気まぐれで、愛なんか流行りの音楽のせいなんだ。

勝手にあきらめたりなんかするなよ。

じゃぶじゃぶに砂糖をいれて
かきまぜたばかりのコーヒーみたいな
甘ったれた気分だよ
ちょっと話をしたいだけで頼んだ
飲みものはいつも 黒さをもてあましている

悪いね

きみの思いえがいている夢のどこに
自分を歩かせたらいいのか思いあぐねても
いつも何ひとつ ひらめかないから
こうして会話が足りなくなるよ

なぜかな

知らない国に行きたいなあ
たくさんの日本語を覚えたのに
ひとを好きになるたびに言えないことがふえていくなら
言葉なんてすべて忘れてさ
野生の動物を抱きしめるときに頭
ふにゃふにゃになっちゃう柔らかさ
あれを愛って呼んで暮らせばいい

なんてさ

それほど事態は深刻じゃないんだ

みんなして
自分はひどい人間なんだって打ち明けたくなるような夜の
ネオンはひときわ綺麗だよなあ
実際 そういうみっともない
告白のすべては遠からず当たっちゃいるんだけど
きみはすこしくらい僕を傷つけてもいいんだ
ひとまずこのメールじゃそう言っておくよ
人知れずうしろめたいきもちでいたところで
僕は気づいてなんかやれないし
死ぬほどドロドロに泣いたって
のむヨーグルトを飲んだらあっさりと出かける明日の
朝にも会いたい人がいて
そのなかにはまだ きみが含まれているんだから
勝手にあきらめたりなんかするなよ

ためらうような夜がかなしい

祖母の葬儀のために長野に帰省した。急いで職場に連絡をして、休ませてもらった。ふしぎと心は落ちついていた。実は、通夜で父や弟が声をあげて泣くのをはじめて見るようなきもちで見ていた、わたしは何が起きたのかすら、まだよくわかっていないのかもしれなかった。通夜や告別式がこれでよかったのか、そういうことを逐一かんがえながらお線香をあげていて、ためらうように微笑んでいて、こんなんじゃあまり弔っているとは言えないと思った。祖母の寝顔やからだにかかる白いふとんのうつくしさになぐさめられる。儀式におしこめられるとき、いつもこころが風景に追いつかない。

呼びつけられたわりには、父からたいした仕事をもらわなくて、準備のときの唯一の大任は、花をいけることだった。買ったものや、もらったものを花瓶にいけてほしいと頼まれて、昼間の庭で3つの花束と対峙した。日差しのつよい、すばらしい晴れ間だった。実家にいてあんなにしずかになれたのは、あのとき一瞬だった。束ねられた花をひろげて、ひと目、とにかく色合いがよろしくないなあと思った。いっそ花をいくつか減らそうかとためらったのだけど、あるものでなんとか最善の形にしようとがんばってみた。祖母が好きだったリンドウ。あの青さはなんだかよかった。しみじみと、澄んでいて。百合をさせば祖父といっしょになって育てていたテッポウユリを思い出す。パチパチと茎や葉を落とし、背を揃え、花が花瓶に揃っていく。最後に黄色いかすみ草のような花をふちに散らして、すこしでも綺麗になればいいと祈った。思えば、あのときがわたしにとっていちばんの、弔いの時間だったのではないだろうか。

冠婚葬祭でしか再会しない距離になってしまった親戚とも、ひさしぶりに会った。「今はどこに住んでるの?」「長野には帰らないの?」「就職してるの?」「いいひとはいるの?」そういう質問のぜんぶに特に意味がないということを、あきらめをふくまなくても笑顔で受け止めることができるようになった。みんな話をするために話をしているだけなのだ。お酌をしてまわって、なんだか大人みたいだと思ったけど、そういえばとっくに大人だった。

きっと、大丈夫だと思う。まだしばらくは、ぽっかりと空いた隙間に詩や音楽を流しこんで、自分をごまかす日々がつづくだろうけど。すこしの嘘を自分に許して、そうやって暮らしていける程度の薄情さを持ち合わせているから。さみしさを気のせいということにして押しこめておくから、ふとした拍子に思い出させて、わたしをもうすこしだけ困らせてほしい。

ガードポール

朝がまぶしい。秋のひかりだと思うのに目が痛くて。かなわない。本来の出勤時間より早めに行って、ドトールでコーヒーでも飲もうと思ってたんだけど、駅についたときに鞄を見たら、財布が入ってなかった。焦った。Suicaの残高は200円。帰ることすらできないんですけど? 先輩に500円借りて帰ってきた。わたしは財布をなんだと思ってるんだ。

帰り道、くたくたに疲れて、最寄り駅でグレープフルーツジュースを買った。それを飲むためにベンチをさがしたけど、煙草を吸っているひとでいっぱいだったので、ガードポールにもたれかかって飲んだ。ふいに、わたしは煙草じゃなくってジュースを選んだ側の人間なんだと思った。でも好きだよ。煙草を吸う人。みんな、なんか目が暗くってさあ。

お店は全席喫煙だから、自分の服から、吸ったこともない煙草のにおいがする。よくわたしが煙草を吸ってたらショックだなあ、って言われるけど、仕事帰りに知り合いにあったら、ショック、与えちゃえるかもな。ショック、与えたいね。この前森美術館で見た隕石の黒さのことを考える。あんなに可愛いショックなら、わたしだってぶつかってみたい。だって予想外のことなんて、そうそう起こりもしないから。

それにしても、煙草ってどんな味がするんだろう。咳がやっと止まったばかりだから、吸ってみたいとは思わないけど、煙草のけむりは冬がおいしい、って教えてもらったときに、なんかいいな、って思ったんだよね。だからなんだってわけじゃないんだけど。

友人

あなたが 「もう疲れたよ」と言うかわりに
一つきり 砂のような溜め息をついたので
わたしは今夜 やむにやまれず
西と東の窓を開け
部屋が水色に変わるのを
見ているのかもしれません

捨てるものと捨てられないものとで構成された
この部屋の
むこうでゆれる金木犀と
その背後でこぼれた壁を
夜通し走っていたトラックがふるわせる
尖った音さえ ひとごとのように 聞いていた虫が
さっきまでただよっていたコンビニの
はるか
奥までつづくコンクリートの道が途切れた
丘の先
わたしにとっての地平線を
超えてしまった街に住むあなたよ
あなたのかなしみを知っています
そのまぶたに落ちる光のつめたさ
湯気たつ白米のきらめき
袖をとおす衣服がかたく
一度 咳をせずにはいられないこと
それが今このとき ホコリのようにして
わたしの睫毛のうえにも降りかかるのです
振るえるようなわずかな重み
そこをめがけてくるように
いつも朝日が射すのです