ムーンライ

なんだか消え入りたくなるようなやさしい夜風。イヤフォンが壊れているから、風の音だって聞こえる。何もいらないなんて言ったらもう嘘になってしまうんだけど、何もいらない、そう言いたい。街路樹の隙間によく光る電灯あるわって、思ったら月だから笑っちゃう。無音の帰り道はカントリーロードが歌いたくなるよ。口ずさんでも誰も何も聞かないで。もしも何かの間違いで、聞こえてしまっても、知らなかったことにしてほしい。

クリエーションは私に許された唯一の非行だったというのに、今や生活とほとんど一緒になってしまって、じゃがいもの皮をむいたりするのと同じようなきもちで、今日もテキストエディットを開いている。書くことはしずかな部屋のようだ。ここにくればいつもどこでもひとりになれる。それでいて、私の書くものを読む人の顔が、いつだってほとんど知人のものであるということは、私のたましいをきつく、肉体に結びつけているけれど。

私の先行きを私より不安がる人たちに、いつになったら、「もう何もかも大丈夫だよ」と言ってあげられるようになるんだろう。ごめんね、ありがとう。そのうち一緒にお茶でもしよう。誘うよ、私から。あなたはベトナムコーヒーって飲んだことあるのかな。すっごく苦くて、すっごく甘いんだよ。なんて、聞きたいのはそんなことじゃないだろうけど。