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野蛮

 明日は母の日だから、カーネーションを買おうと思い立ち、駅前に行ったらものすごい行列になっていた。わたしは花が好きなので、たまに花屋に行くことがあるのだけど、並んだことは一度もなかった。なので、それを見てちょっとおかしくてあったかい光景だなと思った。写真を撮ろうとしたけれど、なんとなくやめておいた。この前も、生け垣に片足を乗せて考え込んでいるスーツの人の写真を撮りたかったのに、やめてしまった。写真を撮るということには、ある種野蛮な勇気がいると思う。だからこそわたしはいい写真を撮る人たちのことをかっこいいと思うのだけど、自分の日常に組み込むにはまだまだ抵抗が消えない。

 立ち寄った本屋でなんとなくフランゲールの「夜と霧」を買って読んでいた。しばらくして授業であつかわれていた本だということがわかった。ふしぎだなと思った。そのことには、「もはやなにも残されていなくても」という小節を読んでいるときに気づいた。そこには「誰にも奪うことのできないものがある。それが経験だ」というようなことを書いてある。わたしは気づいたのだけれど、今同時並行で読んでいる、プルーストの「うしなわれた時を求めて」も同じ授業の参考資料だ。大学時代の、学習という目的にすべてが集約されて許される時間はもう過ぎてしまった。それでもわたしを感動させた言葉は、わたしの暮らしから奪われることのないものだった。そのことはわたしを安堵させた。