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かんたんじゃない

図書館でかりた那珂太郎の詩集をひらいたら、表3の部分に「新國誠一さまへ」という宛名とともにサインが入っている。おいおい。まじか。この驚きが伝わらないともったいないので説明すると、新國誠一というのは、コンクリートポエトリーという、文字の配置で詩を表現してみせるという、よくわからんことをこれまたかっこよくやってのけた、カリスマ・タイポグラファーのことです。これが意味することはひとつ。新國誠一が詩人からサインをもらった。そしてその本を図書館に寄贈した。那呵太郎さん、なんともクセのきつい文体なのだけど、新國さまが読んでらっしゃったのでしたらがんばって読みます、という敬虔なきもちになったり、ならなかったり。いや、やっぱり好きじゃないもんは好きじゃないかな。


明日カレー食べるのに今日カレー食べた。休みをもらって何をしているかと思えば、小説を読んだり詩集を読んだり漫画を読んだり。ずっと本を読んでいて肩がこる。キーマカレーを食べながら、ぼんやりと自分のしあわせについて考えてみたんだけど、やっぱり多少お金がなくても、初対面の他人に突然見下げられても、このまま今の喫茶店の仕事をつづけて、おいしいナポリタンやお茶を運びつづけていくのも悪くないって思うんだよな。どうして続けていてはいけないんだろうなあってそればかり。そりゃあまあ、もちろん経済面において必要だからなんだけど。それも深刻に、必要になってきたからなんだけど。やってられないよな。金の言いなりって。

ほんとうにほしいものが何かがもっと明らかになれば、話はもっとかんたんなんだ。どうしてかんたんになれないんだろうか。難儀だね人間は。