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好きなだけ

よく「好きなものを仕事にすると嫌いになる」って言うけど、あれをどう思う? あれは半分ほんとうで、半分はうそだと思う。なぜなら好きなものを好きなだけでいつづけることなどできないからだ。仕事にしたから嫌いになるというのはちょっと違うと思う。好きだなあというきもちは工夫すればもち続けることができる。たとえばとっても気に入った部屋を借りたとする。3ヶ月もすれば飽きてくる。その都度部屋の模様替えをすれば部屋の顔色はその都度変わり、退去するときには最初見たものと変わり果てているだろうけれど、あなたがいる場所は変わらないし、そうすることで部屋に飽きてしまわずにすむのならそのほうがいいんじゃないだろうか。それは好きでいるための努力にちがいない。

まあ、努力なんてしてないんだけど、わたしは喫茶店でぼんやりと音楽を聞いたりコーヒーを飲んだり本を読んだりするのが相変わらず好きだ。本を読むにも就職情報を漁るにももの書きをするにも、今のわたしには時間がありすぎて、朝目がさめたときに着替えるのが嫌なあまり「幸せとは何か?」という人類の発明した至上命題について考えてしまったりするんだけど、七つ森のオムごはんのオムレツ部分をスプーンで崩す瞬間は完璧な幸せだと信じることができる。食べ物や飲み物はわたしを単純な人間にさせてくれるからいい。

そんなことをだらだらと書いていたら、働いていたお店の大好きなママさんのことを思い出してしまって、しんみりとした。わたしはあそこで働いているほうが幸せなんじゃないかと何度も何度も考えてしまう。初めて会ったとき、短歌を書いてます、と言ったら「おもしろいじゃない」と言ってくれたこと。ガラスのお皿に見とれていたら、まかないをその器にのせて出してくれたこと。お店を辞めないといけないと言ったときにかなしんでくれたときのこと。心配ばかりかけて、あんまり喜ばせてあげられなかったなあ、と思ったとき、なんだかお母さんみたいで不思議になった。顔や性格がわたしの母に似ているとかそういう直接的なことではなくて、ただ、こんな風に思うやりかたが、まるで親に対するときの申し訳なさに酷似しているように思われたのだ。ママさんはまだ30代で子どももいないので、これを聞いたらきっと嫌がるだろう。だから、これはここだけの話だ。朝からの考え事の答えはまだでていない。