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空から降ってくる

気分が悪いときの駆け込み寺みたいにしている喫茶店があって、
今日もそこに行った。暗くて落ちつくなと思ったら、電球が切れてた。
「戦時みたいよね」と優雅に微笑むご店主に、お客さんが戸惑っていて、
そういうの、ちょっと好きだなと思った。
ぼんやりしてたらお客さんがみんないなくなっていたので、電球の取り替えを手伝ってから帰った。
帰り際、雨が降っているからと、白くて華奢な雨傘を貸してくれた。
「かえさなくってもいいのよ」だって。かえすよ。
その優しい笑顔を見ていたら、頭のなかがくっきりと爽やかなものになっていくのがわかった。

小さなその傘の骨の部分を見あげていたら、傘に関するいくつかの優しい思い出が蘇った。
わたしはよく傘を忘れるのだ。

小学校のころは、地域に男の子しかいなかったので、男の子3人と肩を並べて帰っていた。
わたしだけ傘を忘れていた雨の日の帰り道、殊勝な子が傘を「貸してやる」と言ってくれたのだけど、
雨に濡れたい気分だったので、断固拒否した。そうしたら何故か、みんな差していた傘を閉じたのだった。
(翌日、わたし以外の男の子達が風邪を引いた。)

高校生の頃は、バス停の待ち時間でよくずぶ濡れになった。
その日も制服のブレザーをいっそう濃い色に変えて、ぼんやりと突っ立っていたら、
母くらいの年齢のご夫人がいきなり車から降りてきて、
「風邪ひいちゃうからこれつかいなさい」って傘を貸してくれた。
「どうやって返せばいいかわからないので…」と断れば、
「すぐそこの家だから、玄関にでも立てかけておいてくれればいい」って。
翌朝、その通りに無言で玄関に置いてきてしまったけど、なにかお礼の一言でも添えればよかった。
あのひとも言ってたな。「かえさなくってもいいのよ」って。

わたしがひとりで荒んでいると、奇跡みたいにあたたかいものが突然やってきて、
ひとしきりなだめて帰っていく。なんにも求めないまま。本人達はきっと忘れているんだろう。
かえさなくってもいいのよ、って。
かえすよ。何かお礼の一言でも添えて。