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透きとおる形

スーパーに行ったら新たまを売っていてうれしくなった。

ひとつずつ、持ち手のあるとうめいな袋に入れられて、

そこにある様子が、なんでかとても綺麗に思えた。

新たまは白いのがいい。

皮を一枚むいてみると、まわりよりもいっそう見事な白が見えるのがいい。

こんな見事なたまねぎ、どうやって食べようかと考えたのだけど、

シンプルにたまねぎだけのスープをつくってみた。

あ。「オニオンスープ」と書いたほうがわかりやすいかもしれない。

バターで炒めたたまねぎが、段々と透けて、とうめいになっていくさまは、

やっぱり綺麗だと思った。

 

人や物を見て可愛いとか可愛くないとか、そういうことを考えることにすこし疲れた。

まわりの人も実はそうなんじゃないかと思う。

簡単な言葉に、自分の特別な感情を任せるのはやめたい。

でも、こういうことを考えるのは、わたしがあまのじゃくなせいかもしれない。

このところ野菜とか空とか木とか、土くさいものに感動してばかりいる。

 

とにかくたまねぎが綺麗で、それをおいしいと心から思えることが、

またわたしをうれしくさせた。

 

 

春休みがはじまって以来、毎日のように人と会っておしゃべりをしていて、

その上たくさん歩くから、夜には疲れて眠ってしまう。

最近は友人のてつだいで、ペンギンの着ぐるみと都内を歩いているのだけど、

昨日は大田区の河川敷に行った。

川面が午後のひかりにチカチカひかって、とても綺麗だった。

ちょうど渡り鳥の季節かなにかだったんだろうか。

白い鳥の群れが、水際にとまっていた。

風がきて、その群れが飛びたつのも見た。

その様子を。

その様子をぼーっと見ていたら、自分の中の渇いた砂地のようなところが、

いっせいに舞いあがっていくような心地になって。

 

わたしも何かを待っているんだろうか。

野菜とか空とか木とか鳥とか川とか。

そういうものに感動しているのはそのせいか。

大事な感情がわたしの上空にやってきては飛び去って、

ぼんやりとした形のまま、まだ固まらないでいる。