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ハンバーガーなどを食べよう

寒さに舞いあがってしまうから、冬はもう終わっていい。わたしの部屋は西向きで、外に出ないと朝がこないから、いつも心の準備ができずに扉を開けるのだけど、まぶしくてびっくりするよ。でも、まあいい。べつに、それはいい。朝は寒すぎないほうがいいけど、空は晴れていたほうがいい。

きょうも働いたなあ。生きのびたなあ。わたしは働くまえの朝が嫌いで、働いたあとの夕方が好き。喫茶店のランチタイムのピークは、わたしが今までの人生で出してきたスピードをやすやすと上回る値を求めてくる。死ぬ気でやっても追いつかない。本気でやっているつもりなんだけど、くじけないようにへらへらしていたら「響いてないのかな」と先輩が悩んでいる場面に遭遇した。裏目にでてる……。でも、どうしたらいいのかわかんない。ネットで診断とかしてみても悔しいくらい健康だし、医学が実証してくれない以上、わたしのぼんやりもうっかりも、ただの甘えなんだな。なおせるものならなおしたいな。あとひと月で……。え、できるかな?

自分のふがいなさを思い知ったあとに、星空を見ながら将来のことなんか考えちゃうと、うっかり「書くか死ぬかしかねえな」とつぶやきそうになるけれど、それは大げさすぎるって、と自分につっこむくらいの正常さというか、冷静さを持ちあわせているおかげで、わたしのかなしみは持続せず、家について、ハンバーガーなどを食べてるあいだに消えてしまう。そう。落ちこんでいるときは、まずお湯で手を洗う。それから食事。どうにもこうにもいかなくなったら、一度死ぬつもりで目を閉じる。どうせ、朝になれば目はさめるので。

まさかの健康

家についたらまだ、ばらが咲いていた。喫茶店の先輩がお店を辞める日にくれた、赤いばら。茎を整えて花瓶にさしてしまってから、翌日から家を空けることを思い出したのだった。残念だけど、帰るころにはもう枯れているだろうなと思った。しかし年が明けたその日、花は堂々とした満開のまま、わたしを迎えてくれた。うれしかった。重たそうな花びらをつつく。びくともしない。

実家を出るときにはさみしかったはずなのに、東京の部屋についてみると、それはそれで落ちついてしまうから不思議だ。まあいいかそれくらい。やらなくてはならないことが山積みの毎日の、朝が苦しいことに変わりはないし。最近さみしがりだな。この前も友人を2時間のドライブにつきあわせてしまったし、ママさんやお客さんの顔を見ると1ヶ月後の別れがしんどくて帰り道につらくなる。もうすこしあっさりとした人間だったはずなのになあ。

執着することはきらいだ。でもわたしにかなしみを教えてくれた、数々の人の情けに、感謝しなくもないような。いやいいや。もうすこしくらい、ふさいでも。もたれあったりひき離されたりして、あなたもわたしも一人で生きていく。元気でやってください。元気でいるから。受け入れたら、口ずさむ音楽がだんだん明るくなっていく。猫背をすこしのばしてみる。ほったらかしのばらみたいに、思っていたより丈夫なこころがあるんだ。

夜道

このごろ、夜空やばい、って思うんだよね。ヤンキーみたいに。夜空やばい。ほとんど宇宙だし。なんだこれ。頭がふわっふわだな。今日もまた終電か。帰り道がさむいことはそんなに苦じゃない。喫茶店の忘年会だった。たくさんの人のあつまりが苦手で、今日も緊張しながら行った。最終的にハグされてお土産いっぱいもたされて帰った。片手には赤い薔薇が一輪。なにこの生活。

なにを喋ったのかなんにも覚えてない。でも、あ、そうだ、覚えてる。「ああ見えて腹黒」とか「人を馬鹿にしてる」とか、よく言われるんだけど、今日もまた言われた。なんてこったい。わたしはわたしの考えていることがよくわからないんだけど、びっくりするのは見透かされているからなんだろうか。困ったな。

たしかに、むかしは自分以外の人のことなんてどうでもよかった。おままごとの誘いを断ってひとりでブランコしに行く小学生だった。だから周りにあわせてテレビを見たり、みんなの中心に立ってひとの世話を焼いたり、笑いをとったりする、そういうひとの優しさや明るさがうらやましかった。いや、今も。ひとはすきだ。でもわたしのすきなことはいつも、ひとりのほうがうまくできたんだ。

たとえば詩とか。なんで書いてるのって聞かれても困る。いつ書いてるのって聞かれるのも困る。詩について聞かれると、ほんとうに勝手に書いているだけだから、そうやってなんとか暮らしているというだけで、お金をもらってるわけでもないから、いたたまれなくなる。ただわたしからこれをとったらもう何も残らないような気がする。でもそれすらもわたしの思い込みにすぎなくて、喫茶店で会うひとは何も喋らないわたしを褒めてくれるんだけどね。はは。やめてくれ。やめないでくれ。いや、やっぱりこんなのはずるい。買いかぶられている。落ちこむ。

わたしは退屈な毎日にすこしの刺激がほしいだけの、おもしろくなりたかったつまらない人間で、こういうぼんやりとした鬱憤を、すこしでもぴったりとした言葉にかえることで消化することしかできない。ハッタリが得意なせいでうっかり幸せになってしまうこともあるけど、現実的な生活は不得意だ。どうやって生きていこうかなんて、モラトリアムなことをまた考えあぐねてしまう。あの日おおきな夢を語ってくれた、きみもいずれは、デザイナーなんて肩書きを背負って、ちょっと器用なだけのサラリーマンになるのかもしれない。それはごく当たり前でありきたりな変化だから、誰もきみを責めはしないと思うよ。安心していい。でもわたしだけは、そのときの夕焼けの綺麗さとか声の熱っぽさとかを覚えていて、自分の現状がどうあれ、変わってしまった姿を馬鹿にしようと思う。だってあの日のきみのほうが、今のきみよりわたしには大事だからさ。

息を吐いても、深夜の道路には誰もいない。寂しいね。でも人のそばにいるほうが寂しいにきまってるよ。なんてね。深刻なことは考えない方が幸せになれるよ。でもちょっとは考えて、苦しんで、ほんとうに幸せになろうよ。星が綺麗だねえ。

行方不明

昨夜はひどいどしゃ降りだった。バイト帰り、いつも通り満員電車に乗っていたら、足下に傘が落ちてきた。どうも左前で立ったまま寝ているおじさんのもののようだ。みんな気づいているけど知らんぷりしている。いたたまれず、わたしは「落とされましたよ」と、寝ているおじさんに声をかける。うとうとした目がわたしに気づき、「あ〜どうもどうも!」と傘を受けとる。が、数秒でまた寝てしまう。そして当然のようにまた、傘が足下に落ちる。どうするべきか迷い、ぼうっとそれをながめていた。拾おうか。このまま床に横たえておこうか。そうこうしているうちに、ふいに横から30代前半くらいの男の人が現れ、それを拾った。なんだ、同じことを考えている人が車内にもいたのか。ほっとしてそのひとを見上げると、なんだか顔つきがおかしい。どうするのか気になって様子を見ていたら、次の駅で足早に降りて行ってしまった。傘をもったまま。わたしは呆然として、雨粒が激しく流れる車窓をながめた。

らしょうもん。

とある文学作品のタイトルが、ふいに、頭のなかを走って行った。

今日は日曜日ですか?

待ち合わせまでまだ時間があったので、駅前をふらついていたら、横道から現れたおじさんに突然「すみません!!今日は日曜日ですか!?」と聞かれた。驚いて「はい!!」と即答した。おじさんは「そうですか…」とさがっていった。なんだったんだろう。びっくりさせられたけど、なぜか嫌いになれないおじさんだったな。

人生にたまに現れるバグみたいな人のことを愛する。つじつまが合うことばかりを求めていると、生きていることが物語にのっとられてしまって、味気ないからだ。

バスを待っている時間に自分の着ている服をながめた。クリーニング屋に行く時間がなくて、同じコートばかり着ている。飽きちゃったな。こればっかりを着ているわたしのせいなんだけど。あくびをして、空を見上げる。冬のひかりが綺麗でかなしい。今日のわたしはすこしセンチメンタルすぎるかもしれない。たぶん消費期限の切れた鶏肉を食べたせいだ。ちがうかもしれないけど、今のところ言葉にするのはその理由だけでいい。

ワンコイン

百円玉と五十円玉だったらどちらのほうがほしいだろうか。今日はずっと、帰りの電車でそのことを考えていた。わたしの働いている喫茶店のランチセットは九百五十円で、だいたいのひとは会計のときに千円札を一枚、お財布からだす。でも、千円札と、五十円玉一枚をだすひとが、たまにいる。千円札一枚なら、おつりは五十円玉いちまい。そこに五十円玉を加えると、百円玉いちまい。財布に残るコインの枚数は変わらない。なんでわざわざ五十円玉? いつも気になる。でも聞けない。みんな、五十円玉より百円玉のほうがすきなのかな。気になって、いっしょにバイトに入ってる人たちに聞いてみた。ひとりはおもしろがってくれたけど、もうひとりにはそんなこと聞くなみたいな顔をされてしまった。あちゃあ。だって気になるんだもん。気にならないのかな。

今のところ「五十円玉は穴があいてるからだめ」という考察がおもしろいのですが、もっとおもしろい意見があればお寄せください。

月曜日のゴミ

ココアの空き缶を捨てるため 外に出る
夜はいつも わたしが思うよりあかるい
こんなことあまりにも当たり前すぎて
今さら口にしたくはないのだけれど
やはり星は多く見えるにこしたことはないし
どんなに冬だと言いふくめたところで
夜は寒すぎないほうがいいのかもしれない

来年の自分がなにをしているのか
わからない日々がもう3年あまり
つづいていて
それはもしかしたら
おかしいことなのかもしれないと
あなたに忠告されるたびに
案じる自分がここにいるのに
部屋にもどれば
誰もいないやさしさに
まぎれてしまう程度のことだとわかる

ゆるされなくてもいいよ
なにも悔やんでいないんだ

あなたがゆずれないと思っている
年齢とか収入といった
数字で説明できるような
だいたいのことはどうでもよくて
人身事故を休みなくうみ出しつづける
この国の社会の仕組みについては
ほとんど覚えていられない
どんなに速く歩いたところで
豊かさにも惨めさにも
いずれは慣れてしまうじゃないか

だからわたしはできるだけ
生活の耐えられない退屈さに気づかないように
あたたかいものや やわらかいものをつかって
自分の頭を混乱させることだけを考えているんだけど
こんなこと あなたは今さら気づかないほうがいいだろうから
わたしはとりあえず
年末に食べたいごちそうのことを考えて
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