逆死神

山奥に住んでいるけれど、最近はもう調味料を吸いこんでむせてるだけで家族から悲鳴があがる。東京の街中は今、どんな感じなんだろうか。東京の街中というのはつまり、渋谷駅前スクランブル交差点のことではなくて、中央線沿いのすきな喫茶店とか、通っていた大学の構内とか、友人達の住んでいる地区のことだ。ぼーっとしている間に県内の感染者も増え、人の心配をする立場ではなくなってしまった。思い返せば、東京には通算で8年ほど住んでいたにも関わらず、こういった有事のときには一切東京にいなかった。なんやかんやで帰省している。2011年の春はまだギリギリ長野にいて、東京が1ヶ月雨降りのときには長野に帰ってきていて、東京が猛暑のときは東京にいたけど失業保険をもらってずっと家にいた。今も長野にいる。そういう力でもあるのかな、違うか、と笑っていたら、やっぱり生命力があるんだよ。いっしょにいたら寿命がのびそうだもんと言われた。逆死神だねと言ったら、そんなの聞いたことないよと返される。今言いました。

自分には大きな鎌も未来を予知する力も、大事な人をウイルスから守る技術もないけれど、軽口くらいは叩けるらしい。タリーズでチャイミルクティー飲めなくなっても、湖の桜並木を見に行けなくても、世間で名の知れたデザイナーがつまんないロゴマーク作らされていても、生活が止まらない。この不格好でさみしい社会に存在してしまうことの、どうしようもない容易さ。