プードル

そうは言っても形にすることを生業としているので、毎日ピンセットで活字をつまむ。紙を出し、箔押し機のハンドルを回し、なんてことないアルファベットの煌めきを、120℃の熱を借りて印刷する。この指先への、抵抗を愛している。なんの意味もないのに、光っているとうつくしいな。ため息が出そうだ。

今日もまた、デモンストレーションで印刷機を動かしていたら、いつの間にか小さなお客さんが夢中になって見てくれていた。私はあの目に弱い。印刷し終わった紙をじっと見つめてくるので、駆け寄って、いる? と聞いたら、黒目の大きなかおをきらきらさせて頷いて、小さな手で持って行ってくれた。ほんとうに、ほしかったんだ。よかった、と思った。印刷につかっていた紙は、過去に制作に失敗したときのヤレ紙だったが、このときだけ、あの紙は、誰かに必要とされるものとして、形を与えられたのだった。ふしぎなものだ。小さな後ろ姿を見送りながら、デパートの広場でピエロがつくった風船のプードルを、私はもう貰ったりしないのだろうということを、ふと想った。