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黒に藤波

閉園時間ギリギリに庭園美術館に行った。それというのも招待券をもらっていたので。七宝という技法でさまざまな模様の描かれた、やんごとない器の数々を見たのだけど、思っていたよりもおもしろかった。ああいう装飾過多なものがわたしも昔は好きだったのだ。写実的なものや、手数のかかっていることがあきらかなものがいいと思えたのは、今にしてみれば健全な審美眼だったのかもしれない。デザインを勉強してからだと、シルエットのすっきりとしたものを見たいなとか、色の組み合わせを考えるのであれば背景が黒である必要はなかったのではないかとか、置いてある部屋との関係性は特にないんだよなあとか、そういうことが目についてしまってなんだかよくないのだった。

そもそも、おそらくそういうことを気にしている客はわたししかいないのだ、ということに気づくと、なんだか足下の床がスッコーンと抜けて漠然とした宇宙のようなところ(たとえば七宝の背景に使われているぺたっとした黒色で塗りつぶされたような世界)に放り出されて動けなくなってしまいそうなので、わたしはそういうことには気づかないふりをして、ミュージアムショップでアクセサリーを買うマダム達を横目に、安くてあったかいうどんを啜りに行ったりしちゃうんだ。

ほとんどの人々にとって、美しさとは自分の意志や努力とは関係なく自然とうまれてくるもののことであり、そういった神の恵みのようなものに固執するのはすこし頭が悪い人のすることだと思われている。そうじゃないということを私はなんらかの方法で伝えたいのだけど、どうしたらいいのか、考えは宙ぶらりんになったまま、展示室のどこかで床をなくしたまま浮かんでいる。