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思い出したい

夜風が痛くない。どこまでも歩いて行けそうでどこまでも歩き、疲れてファミレスに入った。ファミレスにはファミリーしかいない。ドリンクバーに行きづらい。やっぱり喫茶店だな。と思う。ひとりで行くのは喫茶店だよ。うん、来週、あたらしいお店、どっか、行こう。仕事の関係で外出もままならなかった2週間のおかげで、食費をはじめとした、さまざまな生活費が浮いたはずなので、そのぶんのお金を、コーヒーと本についやすことに決める。

年が明けてから日記もろくに書けなかった。そのぶんのきもちはどこにいってしまったんだろうかと、いまのろのろと探している。書かなくてはいけないことがあふれて、ぼんやりとした色彩になってわたしの目の奥に滲んでいるのがわかる。でもそれを取り出すやりかたがわからない。やりかたを取り戻すために、このところ読んでばかりいる。似ているけれどそれではない。このもどかしさだけが、手がかりになる。言葉を出すということは主張を研ぎすますということなので、生活には不都合が多いのだろう。わたしは忙しさにふりまわされ、不都合なわたしを一度捨てたのだ。ゴミ箱に入った紙くずの皺をていねいに伸ばしてみると、案外、いいことが書いてあった、みたいな、そんなありきたりな生活の風景の一部のようにして、わたしはわたしを思い出そうと必死だ。

そういえば、大勢の人と知り合う機会があって、トランプやら闇鍋やら、よってたかっていろんなたのしいことをしたよ。脈絡のない夢みたいな生活だったな。大富豪がやっとおもしろいと思えるようになったので、このきもちを忘れないうちに、またやりたい。トランプってたのしいんだね。やろうよ。

今朝は、3人の可愛い女の子のオバケから大事なものを守って家を逃げる夢を見た。まあ悪夢ってやつね。残業続きの毎日から突然解放された反動か、さながら寝込んでいるかのような状況にある。明日は喫茶店のバイトが入っている。しゃきっとしなくては。休日のお店は休憩をとる暇もなく、ずっと満席で、お昼ご飯を立ったまま食べなくてはいけないらしい。スポーツだと思って頑張ろう。はあ。ほんとうは誰にも急かされたくなんかない。でも、ムリをすることで自分が育てられるんだとしたら、だらしないたましいを奮いたたせる価値はあるのかもしれないと、思いつつある。