風にめざめる

現実にひきもどされる。電車のドアが開いた瞬間、ふゆのにおいがしたのだ、たしかに。四角いフレームの中にはコンクリートの壁しかない。けれどむこうに「冬」とラベルの貼られた季節がたたずみ、わたしにこれまでの何かを思い出させる。首と手の甲にあたって、くだける風が、やけに張りつめている。痛い。でも、打ちのめされることと感動することは、だいたい同じこと。だから寒いと、すこしうれしい。イヤフォンを外して、風のつよい帰り道を歩く。気づいたことがある。言葉が戻ってきている。ずっと待っていた。言葉がわたしに戻ってくることを。また待っていた。人に心配してもらいながら。何もできず。この夜の深まりを待ちわびた。おかえり。わたしはわたしの言葉たちに、軽く声をかける。喜びがある。めざまし時計よりも30分はやく目がさめてしまった朝のような、ささやかな絶望がある。

わたしのいるところは、いつも明るすぎてまぶしい。かくれていたいような、大声でさわぎたてたいような、矛盾したきもちで、いったいいつまで逃げるのだろう。どんなにかくれたとしても、またきみ達は、明るくわたしの名前を呼ぶのだろうし、わたしはなんてことのない顔で、作業のように返事をしたり、自分をかくせず慌てたりする。それでいい。もうすこしだけ、困ったり笑ったり助けたり助けられたり怒ったり怒られたりしていよう。ほんのすこしだけマシな人間になりたい。感謝してる。あてつけに近い、そのやさしさに。