タコ

指先でつめたい空気をさわって帰る夜道は、「もう秋です」って断言しているね。こごえそうでこごえない、寒さがここちよくって両手が泳ぐ。深夜の道路。

ふいに、末の弟が、告別式に向かうマイクロバスのなかで、「さわってみて」って差し出した左手の指先のタコの感触を思い出す。部活でギターを弾きすぎてできたタコ
「さいしょずるずるに皮がむけて、気づいたらここだけ硬くなったんだよ」
「進化したんだ」
「そう」

ギターを弾いて、歌って、今じゃ作曲もしているらしい、彼は工学部に行くって言っているけど、親戚に進路のことを聞かれたあとにつまらなそうな顔をしている、おまえがほんとうは嘘をついてるんじゃないかって、わたしは思うんだよ。親戚はみんな好きでもない仕事をしていて、「このまま好きなことだけやってちゃいけないのかな」って不安そうにしている彼に「とりあえず一曲つくってうたってみなよ」と言ったら「そうだね」と言われた。弟が真実どう思ったかは知らないけど、そう言い返せる自分でよかったと思った。みんな安定した仕事して、夢なんかもう見なくて、立派で、腰抜けだよ。わたしはさ、あるかどうかわからない10年先の未来がどんなに明るくっても、朝目がさめて、指先がつるつるになってることに気づいたら死にたいくらいしんどくなっちゃうだろう、おまえの2年後が気がかりだよ。

見たくないなあ。もう聞きたくないなあ。「才能がない」とか「好きなことは趣味でいい」とか。嫌われる勇気もないくせに夢を見ているふりをしているやつの戯れ言だよ。そのくせすべてが悪意ってわけじゃないから厄介だ。ああもう、日記書いて寝よう。死ぬ程本を読んでやろう。



生活のすべてが急に苦しいほど好きになって夜道を歩く。もうなんか、歌いたいくらい。何もかもうまくなんかいってないけど、今ならあらゆるすべてに優しくいれそう。こんなの全部気まぐれで、愛なんか流行りの音楽のせいなんだ。