遠くばかり見ていた

窓辺に咲いたキンモクセイが綺麗で、洗濯物を干そうとするたび手がとまる。それにしても、東京にはこの花がとてもたくさん、咲いているね。長野にいたころには気づかなかった。山と田んぼばかり見ていた。この花の名前を知ったのは中学生のころの、音楽の時間だったっけ。形よりも先に匂いを知り、色より先に名前を知った。だからだろうか。キンモクセイと聞くと、オレンジの星型よりも先に、明るい音楽室の床が、目の前に。

資格をとるために毎日大学に通っていた時期がすぎて、頭がぼうっとしている。復帰した喫茶店ではろくに仕事ができない。もともとできなかったけど。相変わらず、先輩達には怒られてばっかりなんだけど、酔っぱらいのお客さんが突然やさしい目をして、「今日はあなたに会えて最高の夜です」とか言うので、くじけずつづけられている。わたしも「そうですか。またお会いしましょう」と返す。ほんの言葉遊びだ。でも、風情があるでしょう。

みんなさみしいのだ。

大事なひとをうしないかけて心がだめになりそうになっていた。でも、やさしいひとがまわりにいすぎて、しばらくそんな真似もできないな。祖母が危ないことを店長に教えたら、ひどく心配して、コーヒーを二杯もいれてくれたし、お菓子もいっぱい出してくれた。しつこい風邪をひいてマスクをしていたら、学生が心配してくれた。友人はわたしにゲロ甘だし、弟も逐一わたしに近況を報告してくる。たいせつにしていた自分のきれいな部分を全部とり落として、それでも今日、会いに行きたいひとがいる。どうしてだろうか。