かえるのうた

そんなつもりじゃなかったのだけど、長野に降り立った途端、末の弟の高校へと連行された。文化祭でライブをしているから、と母がハンドルを切りながら私に告げた。知ってたけど、まさか連れていかれるとは思わなかった。弟は中学では剣道部をしていて、全国大会にもでたのだが、高校に入って軽音に入り、家では毎日でかい声で歌っているらしい。そういえば、彼が中学生のころ、家に突然エレキギターが置いてあったことがあったな。かえるのうたしか弾けない、って言ってたけど。(しかも、弾いてもらったけど、たどたどしかった)ことのなりゆきは知らないけど、いつのまにか弟は剣道から足を洗っていた。「おれは父さんと違って、一生は剣道できないよ」と言って、剣道部も道場もやめたらしい。(父よ。)そんな弟がどこでライブをしているのかと思ったら、剣道場だった。なかなか因果だ。道場は熱気がこもってやけに暑く。すぐに出ようとしたら、先輩の演奏も聴こうと母に袖をひっぱられ、そのまま30分くらい聞いた。自作の歌をうたっているバンドもあって、「ブラジャーのホックをはずすときだけ、君の心のなかが見えるような気がしていた」って歌いだしは、なかなかセンスがいいと思った。見えるわけねえだろ。帰りの車内で、「思ってたよりかっこよかったよ」と弟にメールした。あいつ、いつか私にギターを教えてくれないだろうか。

うたがうたえればいいのに、と思うことはたくさんある。かといって、カラオケには行きたくないんだけど。たとえばいつもより早く目がさめてしまったときなどに、上手にうたえる歌が一曲でもあれば、すこしだけ爽やかな朝にできそうだ。


病院で、祖母に会った。ショックだったけど、会えてほっとした。ほとんど起きているのか寝ているのかわからないような状態で、話しかけても「うん」「そうか」ってそれだけだった。母は、たまにかなしげな顔をしていたけど、「きてくれてありがとう」と言ってくれた。やっぱり私は今日行くべきだったのだと思った。こんな思いつきを信じることができて、ほんとうによかった。