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殴りたい(わけじゃない)

新年度の準備をしていると、胸がツンとするのはなぜでしょう。わたしはいつも始まりよりは終わりがすきで、たとえば正月より大晦日がすきで、結婚式よりは葬式がすきなんだよね。でも今年の入学式は、悪くないかもしれない。同じようでいてまったく違う、昨年のつづきの春がやってくる。みんなが幸せであるようにと思いながら、工房の片づけをした。鬼のようにゴミを捨てた。肩がめっちゃ痛い。わたしは段ボールを解体するのがすきなんだけど(やわらかいから)、笑顔でノコギリをあつかっていたら、出会って日も浅い後輩に「見かけと中身がぜんぜん違いますね…」と言われてしまった。よく言われるよ。

むかしはもっとたましいがヤクザだったので、同級生の男子に土下座されたりしていた。いや、べつに望んだわけじゃないんだよ。怒りの感情をやわらかい形に加工しておさめることができなかったので、とりあえず「いけ好かない」と思った人間は全員論破していたな。論破ヤクザだ。なんかべつに、潜在的に人を傷つけたいとは思ってないんだけど。ほんとだよ。殴ったら殴った手が痛いじゃないか? でもさ、それでも殴らずにいられない時があるのはなぜなんだろう。

 

思うんだけど、大きな感情を置き去りにして関係をつづけてしまうことで、とりかえしがつかなくなってしまうものがあるんだよね。それは怒りをぶつけることよりもずっと、あなたを殺してしまう可能性がある、それくらいおおきな過失なんだ。でも、あなたにあげられる唯一のものが暴力だったとしたら、それはなんてかなしい出逢いなんだろうって、思うのもほんとうで。かんべんしてくれよな。右手をいきおいよく振りあげては、殴らせないでくれって、どうしようもなく祈ってる。風がふいたままやまないのに。怒りはいつも一撃で、わたしのからだを貫くのだ。

はあ。もう全然歌集ができない。まま、3月がなくなっちゃうよ。ああ。なんてこった。