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春に許されて

毎日、地下で百人と暮らす、祭りのような仕事が終わった。美術館にでも行って4月を待ちたい。妙な落ちつきと、さみしさがある。さみしいということが意外だ。人といて、あんしんすることなど、めったにない。それなのに、人と話すために仕事をする。生活はいつも片っぽに寄らない。苦しくて、優しい歳月。

きっと必要だったのだろう。

オレンジのガーベラを、オレンジの花瓶に挿した。ちょっと安っぽいけど、それがちょうどよく、この部屋にふさわしい。以前までは、こんな花瓶も、真新しいビンのような、自分の体も、嫌いだった。23という、新しくもない、しかし古くもなれない、この数字に不釣り合いな、たくさんの名言を、書物が教えてくれる。ビンは、ビンのプロが仕上げてくれるが、自分は自分で仕上げてゆくしかない。返品できない欠陥品だ。誰かが好きと言ってくれて、はじめて許せる、疵や汚れがある。ことを知った。わたしは、春の空気に、もうあらがわない。別れも出会いも、拒まずに生きていきたい。人に会って会って会って会いまくって、わたしを空っぽにしてしまいたい。わたしの内側に風がふく。それは、爽やかに。

もしも、望むなら。この中に詰まっているものを、詰まっていると思いこんでいるものを、洗いざらい、きみにあげよう。そうしているうちにいつか、透明なビンも傷ついて、いつかのビンに、誰かの懐かしいビンに、なれるかもしれないから。これはわたしの望みでもあるのだ。わたしはもう、何にもあらがわないし、何もかもから自由なのだ。わかるかい。君だって、いつも許されているんだよ。今まさに、この春に。