仕返しのクッキー

喫茶店でケーキセットを食べたが、鞄のなかに財布がない。
やってしまった。久々に、やらかしてしまった。
会計でボソボソと事情を説明し、笑われる。
「財布をとってきます。
なにか荷物を置いていくので、信じて待っていてもらえませんか…。」
「いいわよ!」
「ありがとうございます…今日は何時まで営業していますか?」
「6時!」
「すぐ、きます…」
というわけで携帯を質にして家路を戻る。徒歩30分。思いがけず運動の日になってしまった。るんるんで年賀状をつくる予定がパアである。家につくと、机のうえに財布が行儀良く鎮座している。やっぱりそこか。家の鍵を財布から出すのはやめよう。鍵をしめるときに財布があるかどうか確認できるから、ずっと財布と鍵をセットにしていたが、ここのところその習慣が抜け落ちていた。コタツの脇にあるみかんをとっさにつかんで家をでる。ああ。夕陽がまぶしい…。

喫茶店につくと、お店の人が「早かったわね!」と笑いながら出迎えてくれる。今さらながら、すごく優しい…。あとちょっとで食い逃げになるところだったのに…。
「しっかりしてそうなのに、そんなことあるのね」
「これが全然しっかりしてないんですよ。
だから見かけだけでもしっかりしようかと…」
「あら。とってもしっかりして見えるわよ!」
「ハハハ…」
千円札を差し出すと、レジの引き出しが開いた。おつりを受けとったのと違う手でみかんを差し出す。どんな反応をされるかな、と思いつつ。すると、いや、そんなの申し訳ない!と恐縮される。申し訳ないのはわたしである。しかし、その人は仕返しする!と言ってなぜか裏に行った。なんだろう。裏にいるお客さんから隠すように、わたしの鞄に入れてくれたのは、クリスマスにつくったというクッキーだった。「クリスマス、昨日までだったから」とのこと。

な、なんだそれは……。
このよくわからない最高の展開にもはや感動しつつ、わたしはドアをくぐった。
来年、この店にめちゃくちゃ通おうと思う。