地平線がほしい

夏休みが明けて、ひさしぶりに会った先生に写真詩集を貸してもらった。夏休み前の約束だった。その先生は、他の助手さんのお手伝いで、夏休み中に土を掘ったり、学生を実家に呼んで合宿のようなこともしていたらしい。このごろ人との約束を破ってばかりいたので、手元に本があることにすこしびっくりした。そうだった。約束を守ってくれる人というのは、そうすることが当たり前のように、誰とした約束も守ってくれるのだ。わたしはどんなオシャレな人より、お金をもっている人より、都合のいい人より、優しいひとにこそ、かなわないなと思う。そんなこと、十年前に読んだ絵本にも書いてあったはずだけど。

わたしがつくった本を読んでみたいとか、売ってほしいと言ってもらうことが、この頃たまにあって。それは数年前の自分からしたらほんとうに有り難いことのはずなのに、なんだか手が動かなくなってしまっていたのだ。プレッシャーに負けてぼんやりと漢字練習などして過ごしてしまう。生きている半分はぼんやりとしているような気がする。でも、夕方、雨つぶのつめたさがシャツにしみこんできて、やっとつくりたいと思った。夏休み中にそんな気分になりたかったけれど。思うようにいかないな。

からだの真ん中に地平線がほしい。一生かかってもいいから、砂のうえに、満足のいく線を一本だけ引いてみたいのだ。すぐに消えてしまうような、ささやかな痕跡でいい。わたしが望んでいることなんて、ただそれだけのことで、だけどそれがどうしてか、この世でいちばん難しいのだった。