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ゴールドベルク

ひどい雨降りだった。朝がきて一回目のまばたきで、今日が丸ごとダメになってしまったのだとわかった。呼吸が浅くて天井が低い。これは喘息の発作のひとつらしい。ひどい嵐の日には体がこんな風になる。職場のひとにひと言、連絡をいれて寝返りをうつ。目の前がぼやけて体温が高い。

映画が見たいと思った。こんなのは、風邪の日にポカリスエットが飲みたいのといっしょで、習慣にすぎない感情かもしれない。そういえばわたしの風邪の日のドリンクはポカリスエットじゃなかったな。家でつけている、花梨のジュースを飲ませてもらっていた。それを飲みながら、トトロとか、昔話のお姫様とか、冒険のビデオを見るのだ。今強烈にそれが飲みたい、見たい、と思う。眠る。

絵が描きたいような陶芸をやりたいようなピアノをしたいような剣道をやりたいような気がするけど、いつのまにか本を読んでいる。本を読んでいると、いつのまにか夜が明けてしまっている。この前職場の人が教えてくれた、夢みたいなピアノの音楽を流す。たくさんのことを思い出せそうな気がして、思い出せない。

砂漠で眠ってみたいという夢があって、たいがい、誰に話しても「鳥取砂丘に行けば」と言われておしまいなんだけど、そういえばこの前、喫茶店のおじさんにそれを言ったら「死んでしまうかもしれないよ」と心配されたのだった。そのときはなんにも感じなかったのだけど、今になってやさしいひとだったなとつよく思った。こんな次いつ会うかもわからない、会わないのだからいつ死んでもわからないようなわたしのことを心配するなんて、やさしい。わたしの精一杯のロマンチックな思いつきに、いちばん適した回答だったという気がした。ふふ。ふしぎなものだな。

思いつきで死んでしまってもいいじゃないかと思う。なんのあきらめでも絶望でもなくそう思う。こんな何もないところで生きたふりをして、スーパーで買った野菜や肉を食べたり、道路を歩いたり、笑いたくもないときに笑ったりしているのは、死んでしまっているのとほとんど同じなのだから。すこしくらい自分でものを考えるということをすべきだ。それに賛同してほしいとか、つきあってほしいとか、そんなこと望まない。わたしの夢もかなしみも、すべてはわたしのものなのだから、そのせいであなたをわざわざ苦しめたりなんかしない。ただ、生きたいというきもちがつよすぎると、時に誰かを苦しめる。そんなこともあるということを、今日思い出したのだ。