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羽のはえたブタの置物

春がすぎないうちに、ロールキャベツをつくりたいのだけど、忘れてしまうかもしれない。新しい生活のなかでは、したくないことばかりきわだって、やりたいことはどんどん忘れてしまう。そんなこといけないね。だめだね。覚えていたいことを、眠らないうちに手帖に書きこむよ。今はとても深い春だ。近くの神社でお祭りをしている、花のにおいのする闇だ。こんなすばらしい夜には、いつか夢で見た、神様みたいなひとに叱ってほしい。お寺の藤が綺麗だと思ったそのままの頭で、春なんかやめてくれって思うこととか。

かんべんしてよ。幸せなんだ。

ゴールデンウィークには何をしますか。どこか旅行に行く予定はありますか。わたしは公園でビールを飲む約束がひとつだけあって、それ以外は特にないけれど、ゴールデンウィークって響きはおめでたくていいなと思ってる。働きだしてからは、休日に安心できるようになった。平日に何かしているだけで、休日がひどく体を落ちつかせる。建前だとも思う。わたしは何に対して申し開きをしたいというんだろう。よくわからないけれど、かけがえのないものをおざなりにしているのだという危機感が、いつまでたっても、何をしていても消えない。たとえばそれは、痛みだした虫歯みたいなもので。ただ、このささやかな痛みを、わたしはぜったいにやり過ごしてはいけないのだ。

もしもあなたに予定が何もないのなら、ゴールデンウィークに高円寺に行ってみたらどう。この前友人と散策したのだけど、あそこは程よくグチャグチャしていて、いいところだなあと思ったよ。おしゃれっぽいけど汚いところもあって、ちゃんと生きている街なんだなって。ギャラリーと古着屋と雑貨屋を見て、いろんなところをひやかしたけど、何もほしいとは思わなかった。喫茶店のすこし高い珈琲を飲んだだけで、充分たのしかった。友人は古道具屋でちいさな置物を買っていた。てのひらに乗るくらいの小さなブタで、背中に羽がはえていた。彼女もずいぶんとふしぎそうにしていた。「まさか高円寺まできて、羽のはえたブタなんか買うと思わなかったよ。」ふたりして笑った。そいつは、羽が飛べそうにないくらい小さくて、白すぎないところがいいなと思った。結局その日わたしたちは、夕飯を食べるのをがまんして、一杯ずつの珈琲と、羽のはえたブタの置物にだけお金をはらった。なんだかとても正しかった。とても普通の、正しい人間だと思った。