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月もわからない

昔「大自然に癒される」ってどういうことなのかわからなかった。大自然というのはわたしにとっていつも身の回りにあるもので、言うなればカーペットの柄とか、天井からぶらさがった照明のようなものだったのだ。

長野にいたときはあてどなく、ついつい空を見上げては星を眺めたりしていた。あのつぶつぶとした点のつらなりに、ロマンチックな感情を重ねることはまだできなかった。でもあるとき、模様のように見えていたものが惑星という物体だということに気づいたのだった。教科書に教えてもらったからできたことじゃない。その瞬間はいつくるのかわからない。でもわたしに星が見えるようになったのは高校生になってからだったように思う。

東京にきてからはその対象が月に変わった。なのにきょう、円くてピカピカの月をながめていたら、輪郭だけが不自然にくっきりと浮き立ち、部屋の照明のように見えてきてしまうのだった。

大学のオープンキャンパスで卒業制作の途中経過を発表するんだけど、わたしはそこで詩の朗読をすることになった。なったも何も最終的には自分でやると決めたのだけど。相談する人の中には肩をおしてくれる人も多いのだけど。結局やりたくなさすぎて〆切直前まで特に工夫もないスライドのデザインをいじくりまわしていた。提出は無事済んだのだけど、そうしたら今度はそのことで頭がいっぱいで何も手につかなくなってしまった。極度の緊張で胸焼けしているようで、目にうつるものにあんまり感情移入できていない。あーあ。なんだこれは。なつかしい。新学期みたい。ただひとつわかることはデザインのプレゼンだったら、こんな風にはもうなれないということだ。発表の前後で気もそぞろになるようなことが最近めっきりなくなって、成長した気すらしていたけど、どうも勘違いだったみたいだよ。ただ新鮮みがなくなってぼやぼやとすべてをやり過ごしていただけなんだね。本当にやりたいことをやらないで奥に引っ込んでいれば傷つかないで済むから。