スイミング

バスの窓ガラスが全部発露して何も見えなかった。だから行き先をまちがえていることに気づかずに終点まで乗ってしまった。浦島太郎ってこんなきもちだったかな、なんて思って、化かされたようなきもちになった。知らない人。知らない駅。知らない夜。知らない雨。プールからあがったときみたいに、夜がやわらかい。

最寄り駅まで電車に乗ろうと思って駅に入った。外側からその駅を見るのは初めてですこしだけドラマチックの味がした。駅のホームに横殴りでやってくる雨がつめたいのに参って、もう一度エスカレーターに乗って改札の近くの壁によりかかっていた。電車がくるまであと10分。やっと困ったな、行き先も見ずにバスに乗るのはもうやめようと思った。ふと目にとまった小さな売店で何か買いたくなり、果汁グミを買った。甘いものでなぐさめられるような憂うつって意外と少ない。だからこんなことにあんまり意味はない。そう思うんだけど買っちゃう。なんでだろうね。お姉さんが早口に言う。100円になります。はい。カンカンカンカン。レジの音と一緒に電車の音がした。

駅から降りて、一層ひどい雨に打たれながら、小走りに家路を急ぐ。服の裾が濡れるほどにどうしてか強気になっていった。ブラウスにうすいカーディガンを羽織っただけの自分に、突然やってきた梅雨はすこし手厳しくて、壊れかけの折り畳み傘が風に翻った。それがなぜだか清々しい。すこしもみじめじゃないと思った。雨の日に雨に濡れることはすこしもおかしいことじゃない。昔はよく雨に濡れていた。それが心地よいと思っていた。どうしてか。何もわからないと思った。何もわからなくていいと思えた。わたしはつまさきで水たまりをかきわけて走って行く。