わたしはだれ

こんなに夜道があたたかいのに、行きたいところが思いつかないのは困る。
こんなに人がやさしいのに、何を話したらいいか思いつかないのは困る。

青々と瑞々しい、五月の木々は、まるで猫背の自分を叱りつけるように活き活きとしている。
通学路の途中にあるキャベツ畑はもうすっかり実りの季節で、豪勢な葉っぱの一枚一枚が目に痛い。
突然はためく砂のまじった突風のせいで、心の渇いた部分に気づいてしまう。
ふざけやがって。

今日は大学のゼミで、本能をテーマに話し合ってきた。
昨晩から痛かった親不知がキンキン痛んで、あんまり上手く話せなかった。
でもみんな親切に話に乗っかってくれて、ちょっと話が広がってうれしかった。
今、昔の文献を読み解いている最中で、万葉集のことをちょっととりあげた。
デザイン科のゼミで和歌を取り上げるなんて脈絡がなさすぎるんだけど、
どうにか結びつけていけるかな。
次は古今和歌集を読む。
ギリシア神話ラテン語の本を、教養科目の教授に貸してもらっているから、それも読まなきゃ。

昨日、その教授のところに友人数人と遊びに行って、
最後にはふたりで、どうやったら今の人に詩集をおもしろいと思ってもらえるのか、
というわたしの話に1時間くらいつきあってもらっていた。

したい話をさせてくれる人がいる、という有り難さが身にしみる。
わたしの話を聞いてくれる人がいるということがどうしようもなく尊くって、
もっと自分を売り込んでいかなくてはと思うのに、
結局それだけで終わってしまう。
どうしたらいいんだろう。
「あなたはいったい何になるんだろうね」とこの前ある人に聞かれたけど、
わたしはわたしの輪郭をひたすら濃くなぞって描いていくようなことしかできない気がする。
そもそも自分が何者なのかもわかっていないのだから。