スコール

「雨あがりの夜の涼しさは世界の窓という窓をひらく」—岩田宏 泣いてる暇があったら詩集でも読んだほうがいい。本を読むのは武器を研ぐことと同じで、たのしくはないけど必ず私を助けてくれる。おおきな感情の波にさらわれたときに、家族にも電柱にもすがら…

かえるのうた

そんなつもりじゃなかったのだけど、長野に降り立った途端、末の弟の高校へと連行された。文化祭でライブをしているから、と母がハンドルを切りながら私に告げた。知ってたけど、まさか連れていかれるとは思わなかった。弟は中学では剣道部をしていて、全国…

おぼえたての言葉のように

なんとなく憂鬱で、ぼんやりと力なく過ごしていた。それを曇り空のせいにしていた。でも昨夜、お客さんに世間話の延長で「おばあちゃんとおじいちゃんは元気?」と聞かれ、「おばあちゃんが転んじゃって、ずっと元気がないんです」と答えた。そのとき、わか…

あさはこわれやすいがらすだから

起きたらもう昼過ぎだったけど、とにかく何でもいいから詩集を読みたくて図書館に行った。休みの日だからおろしたてのミモザのワンピースを着たけど、すこし気分が浮ついて、いいんだかわるいんだか。いかにも女性らしい服を着ていると、気がぬけなくって疲…

部屋の電球が切れて3ヶ月。母が遊びにきて有無を言わさずとりかえてくれた今、とても明るい。ありがたい。でも夜なのにこんなにまぶしいなんて、やっぱり何か間違ってるんじゃないだろうかと思ってしまう。電球を見上げて「へやがあかるいよ…」とびっくりし…

雨がくる

奥歯をかみしめたら親不知が痛かった。バスのなか、どんよりと塞がっていく空をあおぐ。わたしのすきな季節の予感がする。青色の紫陽花を買って帰る。大学に寄ると、みんなつかれている。行事のはじまる直前のさわがしさ。いいこともわるいこともあるだろう…

あてつけのようなきみの茶碗

エレベーターの前でふと学生と2人きりになり、「なぜ今年も大学に残ることにしたんですか?」と聞かれ、言葉につまった。その質問には答えがあった。でもわたしは、彼にはそれを伝えられないと思った。嘘はつかなかった。しかし、わたしはひとりの相手にす…

今日の続き

黒板にクリームソーダのイラストを描いたら、きゅうに5つくらい注文が入ったこと、そういえばうれしかった。喫茶店の仕事のはなし。本気を出して描いたイラストが一週間誰にも消されずに残っていたこともあり、黒板を描く業務がいちばん成果があるかんじが…

夜闇に白ばら

大学のまわりの住宅街を歩いたら、あちこちの軒先で薔薇が咲いていた。惜しいなと思った。このことを1年前に知っていたら、冬でもここを歩くのがたのしかったにちがいない。いや、知ってたんだろうか。びっくりした。あと、顔をあげたら満月があかくてびっ…

新作のガム

木曜日の退屈をまぎらわすわかりきったジョークこれからは何度でもだまされてあげるから今日はもう 寝なよきみが授業中ないしょでくれたミントのガムはまだ冬物のコートのなかにあるよ人にもらったものなんかどうせすぐに捨てるんだろうって言ってたきみのさ…

バスがきて、きみはいつもとは違う席に座ってみる

なんだかさわやかな朝だった。高校時代からの友人に会いに初台へ行く。最近いちばんの気がかりだった資格の申し込みのための書類もきのう提出して、晴れ晴れとした気分だった。駅に着いて気づいた。財布を忘れた。…びっくりである。人と会う日に財布を忘れた…

青いイルカ

一週間前に買った、デルフィニウムのつぼみがようやく開きそうになっている。大学にもっていくつもりが、なんとなく家に置きっぱなしにしていた花だ。咲いたら大学に持っていこう。デルフィニウムというのは、ギリシア語でイルカを意味するデルフィスという…

グレープフルーツ・ジュース

ゴールデンウィークが終わってしまい、こころなしかみんなしょんぼりとして見える。些細なものごとの、接続がぎこちない。仕事終わりに、助手さんがジュースを買ってくれると言うので、オレンジジュースをお願いした。すっぱいものがおいしい気候だと思った…

のはら

故郷の写真を助手さんに見せたら、目をかがやかせて「トトロじゃん」って言ってくれたけど、わたしにはそれが一瞬よくわからなかった。田園、そこにさす夕陽、山並み、すべてずっとそこにあったものだから、見るものではなかったのだ。ビルと同じように山を…

チューリップこわい

こどものころに怖かったもの、赤いランドセル、黄色いスモック、クレヨン、それからいちめんのチューリップ畑。そんなことを友人と話していたら思い出した。あの子どもたちのことを知っているひとは、世界にどれくらいいるんだろう。わたしたちのことを知っ…

ホワイトハウス

もう全然、喫茶の仕事に行きたくなかった。前回、誤解があって手ひどく怒られ嫌われた先輩のことを思い出して。謝ってもらったはいいけれど、まだ仕事は完璧にできないだろうし、また機嫌をそこねてしまったらと思うと怖かった。何より気まずかった。「やら…

火事

ぼうっとしていたらロウソクが倒れて燭台が燃えていたので、玄米茶で消火した。わたしが電球を付け替えるのが先か、家が燃えるのが先かという話になってきた。生きるって命がけだな。電気屋に行きたくない。そもそもこのアパートの照明のことをたいして好き…

花束

母の日におくる花束のお金を払った。銀行にふりこんでいいとのことだったけど、近所なので直接お店で支払おうと思って、花屋に行った。そうしたら、「せっかくだから今、メッセージを書きますか?」と提案してくれたのだった。すごく照れくさかったのだけど…

つめたい雨のなかを歌いながら歩いていく

落ちこみをお腹のすみに残したまま、静岡の友人と遊びに行った。あとからあとから愚痴があふれてしまって申し訳ないなと思っていた。そうしたらその子が帰り際、CDをプレゼントしてくれた。びっくりした。焼いてくれたのだ。手作りのブックレットを開くと、…

狭い体

あやふやなものを受けとりすぎている。悪意も善意もほんとはなくって、みんなただ本能に反応して生きているだけなのかもしれない。そうであるとしたら、人となかよくするってことはほんとうに難しくて、でもほんとうはずっと単純なことだ。あなたにやさしく…

ミトン

チェコのアニメーションをながめていた。授業の資料をつくるために。先生からもらったアルバイトに、やっと手をつけられると思ったのだけど、起きたときから体温が高くて、頭がぼうっとしてしまう。それでも、なんとか真新しいビデオデッキを箱から取り出し…

こころの平らなところ

母の日に贈る花を注文した。そんなことをするのはうまれてはじめてで、すこし不安だ。でも、やりたいと思ったときにやる、ということを今までも大事にしてきたから、贈ろうと思う。なんでいきなりそんなことをしようと思ったのかって、たぶんカーネーション…

さち

家の裏山にはえていた、たらの芽のことを考えている。今頃すくすくと育って、収穫するのにちょうどいい大きさなのではないか。たらの芽、食べるのは嫌いだけど、あれを指先でコロンともぎとるときの感触がすきだった。はやくしないと、鹿がたべちゃうよ。お…

トーストとオムレツ

ねむけの熱が全身にひろがっていくときの、はてしない安らかさ。電車のなかでうごけなくなるあの感じ。あの感じをずっと体にもてあましていたい。たとえば降りる駅がわからなくなっても。スヌーズ機能のスヌーズが「うたたね」って意味だとインターネットで…

花も団子も

花見をした。葉桜だったけど。春の空気を思いきり吸いこめたのが、なんだかひさしぶりだったから、それだけですこしうれしかった。シートの上に団子とからあげを並べて、ボートに乗って、みんなでセブンティーンアイスを食べながら帰った。ぜんぜん風流じゃ…

春は嘘

あたらしい植物の、芽の黄みどり色が可愛い。友人達とお花見の約束をしたから、いよいよ春ってかんじだけど、夜がさむくって、昼がうそみたい。 一週間前にもらってた給与明細をさっき見たら、思ってた以上にお金が入っててびっくりした。ずっとなんのために…

殴りたい(わけじゃない)

新年度の準備をしていると、胸がツンとするのはなぜでしょう。わたしはいつも始まりよりは終わりがすきで、たとえば正月より大晦日がすきで、結婚式よりは葬式がすきなんだよね。でも今年の入学式は、悪くないかもしれない。同じようでいてまったく違う、昨…

くらい光

3日前に部屋の電球がきれた。そういうのもおもしろいかなと思ったのでそのままにしている。いい発見は「すぐ眠くなる」ということで、あとは「夕飯がまずい」「本が読めない」「漢字練習ができない」です。早く電球かいます。めんどくさいんだよな。3年ぶ…

あっけないままさようなら

喫茶店のバイトで早速飲み物を零してしまってへこんでいたのである。そうしたら違うお客さんが励ますように別のことでお礼を言ってくれたり、冗談を言って笑わせてくれたりして、元気がでて、それから申し訳なくなった。いいひとたちだと思う。なにかお返し…

つよみ

家についたら電球がきれていた。夜が暗い。暗いとほんとうに眠くなるのだな。何かを考えようとしても、つかもうとしたはしから考えが逃げていく。うう。きゅっきゅぽんさんという、大学の先輩が載っている漫画雑誌を買ってきた。表紙・巻頭カラーだ。すごい…

蜜の光るような

ミツバチのささやき という映画を見た。とても綺麗だった。絵画の構図をとるときのまなざしで映像をとると、こうなるのかもしれないと思った。レンブラントの光を思い出した。物語じゃない映画は文学のことを考えさせてくれる。わたしたちが小説を「文学」と…

おおきな約束

愛とか正しさとか、結局のところ、「どういう世界でならやさしい気分で生きていられるか」という話なんだ。でもそれは、そういう高さの話題としてしか、私達は愛や正しさを語り得ないという、ただそれだけのことでもあるね。目の前の問題を上下させる、都合…

あつくはないし、ぬるくもない

このごろ「じゃあね」と手をふるときに一瞬さみしい。以前は、「去り際がいちばん元気だね」と言われていたのだけど。(あのころは、最後くらい明るい印象のほうがいいかなと思ってわざとそうしていた。)いいことかわるいことかわからないけど、人といたい…

反射

今週のお題「わたしの部屋」 ちいさな白い革の手帖をなでてみる。お土産でもらったものだ。もう半年くらい前になる。たまにこれに詩と日記のあいだのようなものを書きつけている。まだ半分、あるかないか。書き終えたとき手の甲にふれる、裏地がふかふかして…

次の花

お昼に食べたパスタの、にんにくの味がまだ口のなかにあって、電車に乗るのに気にしていたけど、車内で隣りに立った女の子がオニギリを食べだしたので、すべてがどうでもよくなった。関係ないけど、駅のホームに立ったまま高いシュークリームを食べるとちょ…

春に許されて

毎日、地下で百人と暮らす、祭りのような仕事が終わった。美術館にでも行って4月を待ちたい。妙な落ちつきと、さみしさがある。さみしいということが意外だ。人といて、あんしんすることなど、めったにない。それなのに、人と話すために仕事をする。生活は…

あの日、生きていた

やっと詩集を求めてくれた人のところへ発送できた。日にちの指定があり、なんでだろうと思いつつ連絡をしたら「今日が誕生日なので、自分へのプレゼントにしたかった」と。そんなの作者冥利につきる、というやつなのではないですか。泣けてくる。ひさしぶり…

オリーブオイルはダメ

自転車を漕ぐと、キシキシとみょうな音がする。さびているのであれば油をさせばいい、と友人から助言をうけたのだが、オリーブオイルしか持っていない。ものは試しだと思い、オリーブオイルをかけてみる。なんの効果もない。駐輪場がオーガニックな香りで満…

てのひらに風をあてて歩く

寒いけど、髪はひとつに結んでいたい。赤いマフラーを巻いて出かけることにした。一昨年に母が送ってくれたきり、一度もつかったことのない、ユニクロのマフラー。赤なんて、制服のスカーフ以外に身につけたこともない色だった。そもそも、マフラーを巻いた…

つづく

読みかけの本に載っている詩の最後に、「まだ死なないのかと思いながら歩いている」とあり、ニヤリとした。そういうセンスがまだないので、シニカルな言葉を読むのが好きである。つかのまの休みになり、夜はずっと短歌と格闘しているけど、なかなか終わらな…

しずかな穴

ギャラリーに行こうと思ったのだが、道に迷って行けなかった。住宅街、怖い。生活に拒まれている気配がする。帰りに、やけになって古本屋で本を4冊も買ってしまったし、ちょっといいコーヒーを飲んでしまった。おいしかった。たまに、からっぽの自分に何か…

安い休み

モスバーガーでアイスコーヒーを飲んでいるとき、雪にはじかれて目にはいる昼のひかりが、やけに綺麗だと思った。店内は客もまばらで、どこかで聞いたことのある洋楽が流れていた。そのとき、わたしの舌はアイスコーヒーの苦みを、たぶんはじめて受け入れた…

しかし、愛でもある

このごろ、家に帰ると3月9日を聴いて、泣きながら短歌を編集している。とてつもない消耗だ。しかし、愛でもある。短歌を書いていると、毎日が最終回みたいに優しい。この本は大事な本になるかもしれない。たぶん、そんなに長くはならないはずだ。きっと読…

冬と光

さて、東京だ。西武線のホームに立ったときに、「帰ってきたな」と思った。長野の丘に立ったときも、そう思った。はて、わたしの故郷はどこにあるのか。ほとんど徹夜明けですごすバス移動の3時間は、高速道路を挟む山並みを見るのがおもしろくて眠れなかっ…

あけていく

年の瀬というのは、いつからいつまでなんだろうか、とふと疑問に思って調べてみた。 とし‐の‐せ【年の瀬】 年の暮れ。年末。《季 冬》――goo国語辞典 ぼんやりしているなあ。でも、そんなところもすきだ。 新しい気分になるのがなんだか嫌で、ぼうっとストー…

仕返しのクッキー

喫茶店でケーキセットを食べたが、鞄のなかに財布がない。やってしまった。久々に、やらかしてしまった。会計でボソボソと事情を説明し、笑われる。「財布をとってきます。なにか荷物を置いていくので、信じて待っていてもらえませんか…。」「いいわよ!」「…

ロジック

なんとか高速バスのチケットをとった。葛藤していた。しかし友人や先輩とメールのやりとりをするうちにきもちが軽くなり、夜がやさしく思える。クリスマスの満月がとても綺麗で、すべてがうまくいきそうだと思った。会いたい人がいるので年末年始にむこうへ…

何故かなしいのか教えてくれよ

あえて夜のコンビニに行く。チョコが食べたいとか、雑誌を立ち読みしたいとか、口実はいろいろあるけど、たぶんちょっと自分を痛めつけたいだけで。ピアスはひとつもあいてないし、飲酒も喫煙もしない。というか、できない。非行をやれない人間は、どうやっ…

しあわせかい

お客の入らないカレー屋で、経済効果のない話を5時間あまり、えんえんとし続けて楽しかった。大学3年生のころのことを思い出した。あのころも今も、3年後の自分がうまく思い描けない。それが最高だし、こんな風に卒業してからも先生と友人とカレーを食べ…

あかるい世界

朝、吐いた息がしろくて、たまらなくなった。キンと全身にしみわたる寒さを、押し出すようにして吐く、このふうわりとした白さを、どうしようもなく好きだ。このしゅんかんを、いったいどうやってとっておけばいいのかわからない。ただ冷たい風。まぶしさに…